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レビュー

一九八四年の台北。少年たちの殺人計画が彼らの人生に与えた「傷」

 子どもの頃のままの人間関係が、大人になってからも続く人は幸せだと思う。たいていは思春期から青年期にかけて進路が分かれ、じゃれあうように遊んだ仲間たちの名前も思い出せなくなる。スティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミー』やデニス・ルヘインの『ミスティック・リバー』のような少年時代を回想することに痛みのある小説が読者を魅了するのも、そうした経験を多くの人がしているからではないだろうか。東山彰良の『僕が殺した人と僕を殺した人』もまた、少年時代の回想と現代とが並行して描かれ、ほろ苦い読後感を残すミステリである。
 現代のアメリカ。「サックマン(袋男)」と呼ばれる連続殺人犯が逮捕される。実に七人もの少年を手に掛けた彼は台湾で生まれ育った。次いで物語は一九八四年、サックマンが十三歳だった台北(タイペイ)に舞台を移し、それぞれ家族に問題を抱える四人の少年たちが描かれる。彼ら四人のうち誰がサックマンなのだろうか。一九八四年は「ぼく」ことユンの視点で、現代は「わたし」ことサックマンを弁護する弁護士(彼もこの四人のうちの誰からしい)の視点で描かれる。
 台湾はもともとは中華世界の一部だが、日清戦争の結果、一八九五年に日本に割譲される。半世紀後、太平洋戦争で日本が敗戦すると、中国本土を追い出された中華民国政府の関係者とその家族たちがやってきた。そして中華民国が新たな支配者となった。このとき本土からやってきた人々は、台湾にもともと住んでいた人たち(本省人)に対して外省人と呼ばれた。
 ユンは外省人の家系。父は弁護士で成績もいい。アガンも外省人で家は牛肉麺屋をやっている。ダーダーという弟が一人いる。ジェイは本省人で、腕っ節の強い少年。以上が四人の少年だ。彼らの家にはそれぞれ問題があり、ユンの家は六歳年上の兄が殺されたことで母が心を病んでいる。母の療養のために父は渡米を決意し、ユンをアガンの家に預ける。アガンの家は店を切り盛りしていた母が浮気性の父に愛想を尽かして出て行ってしまう。ジェイは母の再婚相手からしょっちゅう殴られていた。やがて彼らは閉塞感のなかで、ある殺人計画を立て始める。
 直木賞を受賞し、東山彰良の名前を広く知らしめた『(りゅう)』と世界観を同じくする長篇小説である。舞台は同じ台北の繁華街、廣州街(こうしゅうがい)。主人公は『流』の主人公の子どもたち世代にあたり、『流』に続く時間ということになるが、続篇ではない。八〇年代の少年たちのケンカや悪さの数々はどこかユーモラスで明るさがある。彼らの立てる殺人計画すらもどこか牧歌的なのだ。だが、その計画が予期せぬ事態を呼んだことから、彼らは「傷」を負うことになる。その傷はアメリカという遠く離れた場所で起きた凶悪な殺人に関係しているのだろうか。
 人は成長していく過程で多くのことを忘れていく。しかし、大小はあれ、思い出すたびにじくじくと痛む傷もあるのではないか。本書は二度とは経験できない少年時代の光と影を鮮やかに描き、大人になった私たちの心をノックする。「覚えているか?」と。

『暗手』
馳 星周
(KADOKAWA)

台湾を舞台にしたアジアン・ノワールの名作『夜光虫』の続篇。イタリアで黒社会の手先となっていた加倉が日本人サッカー選手に近づき、八百長に巻き込んでいくサスペンス。『夜光虫』から20年近くたち、時代と人の心の変化が隠し味になっている。味わい深い。


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