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レビュー

激動の時代を逞しく生きたヒロイン

 なんだと、ボリビアだと! なんだそれは?
 池上永一がボリビアを舞台にして小説を書いたという話を聞いたとき、真先に頭に浮かんだのはその疑問符だった。池上永一といえば、デビュー作『バガージマヌパナス』(94年12月)からずっと沖縄を舞台にした作品を書きつづけている作家である。『風車祭(カジマヤー)』(97年11月)、『レキオス』(00年5月)、『夏化粧』(02年10月)、『ぼくのキャノン』(03年12月)、『トロイメライ』(10年8月)、『黙示録』(13年9月)と、すべて沖縄を舞台にした作品で、傑作も数多い。その中でも個人的にいちばん印象に残っているのは『テンペスト』(08年8月)だ。
 この長編小説は野性時代に連載されたのだが、前半の連載が終わったときに「小説の前半だけを読んで書評するってこと、出来ますか」と編集者から尋ねられたのである。面白いことを言う編集者もいるものだ。その「前半書評」というアイディアに感心はしたものの、こればかりは読んでみないとわからない。返事を待ってもらってその前半を読んだのだが、いやあ、面白かった! その「前半書評」の見出しは自分でつけた。「半分だけでも断言する。これは傑作である!」。
 私は書評を書きはじめてから四十年になるが、前半だけで書評を書いたのは、それ以前もその後もなく、このときだけである。この『テンペスト』は十九世紀末の琉球王国を舞台にした長編で、現在は角川文庫全4巻にまとまっているので、ぜひお読みいただきたい。
『シャングリ・ラ』(05年9月)のように、沖縄を離れた小説もあるが(これは傑作SFだ、すごいぞ)、もともと池上永一には「沖縄作家」というイメージが色濃くある。だから、新作の舞台がボリビアと聞いて驚いたのである。
 しかし、ご安心。読めばすぐにわかるが、池上永一が沖縄を忘れたわけではない。この長編『ヒストリア』の冒頭は、一九四五年三月の沖縄本島である。米軍の沖縄上陸作戦に逃げまどうヒロイン知花煉(ちばなれん)の苦難から本書は始まる。先に書いてしまうが、最終章の舞台も沖縄だ。物語の大半はボリビアを舞台にしているとはいえ、けっして沖縄を離れないとも言えるのである。
 第1章で戦争が終結すると、第2章の中心は戦後の闇市になる。その混乱の中で逞しく商売を始めていくヒロインの日々が描かれ、これもたっぷりと読ませる。で、第3章から始まるのは、南米に渡った知花煉の波瀾万丈の人生だ。粗筋の紹介はここまで。あとは黙って読まれたい。いやはや、一気読みの面白さだ。まず、個性豊かなわき役が次々に登場すること。その第一は女子プロレスラーのカルメンだろう。彼女が最初に登場する場面から引く。
「カルメンはバルメットの運転席からお尻が半分はみ出るほどの巨体だった。スカートの布も普通のチョリータの五倍はある。腰までの三つ編み、ふとももほどもある二の腕、虎のような鋭い目つき、時々あげる雄叫びは、女のものとは思えないほど野太かった。インドのマハラジャが象に乗って現れるように、ボリビアの女王はバルメットに乗って現れる」
 このカルメンはヒロインを何度も窮地から救ってくれるのである。まるで知花煉の守護神のようでもある。
 さらに、ヒロインの恋の相手が、チェ・ゲバラ。少年のような表情のゲバラの腰に手をまわし、オートバイに乗って走っていくシーンは躍動感に富んでいて美しい。
 他にもさまざまな人物が登場するが、知花煉の(マブイ)が落ちてもう一人の知花煉が出現するという結構をこの長編が持っていることも書いておかなければならない。池上流マジック・リアリズムだ。沖縄からボリビアへ、そしてふたたび沖縄へ。激動の時代を逞しく生きたヒロインの波瀾の人生が、かくて彫り深く描かれていくのだ。


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