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レビュー

正義って何だ。叫びながら深町は槌を振り下ろす

 深町秋生がついに自分の書くべき正義を発見した。
 新作長篇『地獄の犬たち』はそういう小説だ。
 社会の各階層で起きるさまざまな(ひず)みに犯罪という切り口から光を当てることが犯罪小説の本質だが、その中では二つの大切な主題が扱われる。一つは、政治体制や経済構造といった巨大な動態を持つ社会に力の弱い個人がどう対峙するのかという態度の問題、もう一つは、その中で自身の正義を貫くことができるかという信念の問題である。
 深町作品の特徴として、境界を越えて生きている人物を主人公に採用することが挙げられる。たとえば『アウトバーン』(幻冬舎文庫)以下の連作で主役を務める八神瑛子は、警察組織で悪徳警官と評判の人物だ。だが彼女は愛する者の命を奪った巨悪を追い詰めるため隠れ蓑を着ているのであり、善悪の境界をまたいだのも意図的な行為であった。近年の快作『猫に知られるなかれ』(ハルキ文庫)が法をはみ出すことも厭わない事件屋稼業を描く連作であったのも、基本は同じことだ。社会から半歩はみ出した位置から見えるもの、だからこそ行えることを深町は描いてきた。
『地獄の犬たち』の主人公・兼高昭吾もまた、過去の深町作品同様の境界にいる人物だ。しかし、彼のありようはより深刻である。兼高が身を置いているのは、東京の巨大な暴力団・東鞘会の二次団体・神津組だ。冒頭では弟分の室岡秀喜と共に沖縄に飛び、標的となった人物を殺害する場面が描かれる。死体を埋める穴を掘らせたチンピラをも彼らは恫喝する。態度が悪かったからだ。一緒に埋まってもらう、という兼高の言葉にチンピラ共は震え上がる。
 まるで感情を持たない機械のような振る舞いだ。しかし、一人になったとき、兼高のつけている仮面には(ひび)が入る。彼の正体は、警視庁組織犯罪対策部から東鞘会壊滅のために送り込まれた潜入捜査官なのである。兼高の本名は出月梧郎といい、少年時代に淡い恋心を抱いていた女性が武装強盗に惨殺された過去がある。悪を憎む気持ちが誰よりも強く、だからこそ大役を任された。やくざになりきるために顔を変え、全身に刺青を入れ、忠実な犬として振る舞い続けた。その結果、荒事中の荒事である暗殺を任される立場にまで上り詰めたのである。彼の正体を知る者は警察組織内にもただ一人、組対部特捜隊の隊長・阿内将のみだ。
 物語は、東鞘会の内紛を軸に進んでいく。先々代組長の息子が造反者として現会長の十朱義孝暗殺を企んできた。組織きっての腕利きという評判をとるようになった兼高は、十朱の護衛を命じられる。しかし、その十朱こそが彼の最終的な標的でもあるのだった。警察官とやくざ、二つの掟と任務に縛られた主人公という構図が作品にたまらない緊張感を醸し出す。潜入捜査という使命のためとはいえ、兼高は命じられるままに何人もの命を奪ってきた殺人者だ。そんな血塗られた手をした者が正義を行使することが果たして許されるのか。深町は主人公を逃げ場のない地点まで追い込むことにより、彼にとっての正義とは何かという問いを尖鋭(せんえい)的に磨き上げた。
 暴対法を使ってやくざを追い込んでいる警察組織こそ、究極の暴力装置なのではないかという疑問も湧いてくる。この小説の中でやくざたちは、逆風に耐えながら生き残りの道を探す、しぶとい存在として描かれる。ゆえに時として正義と悪の立場が逆転して見えるほどだ。そうした揺らぎも作者の狙いには含まれているはずである。兼高が選ぶことのできる道はどれも苦渋に満ちたものであり、彼の孤独が際立つ。終盤近くで兼高が放つ「おれは約束した」「約束したんだ」という呻きが、読む者の胸を強く打つ。
 中盤で十朱の元に送り込まれてきた暗殺者を兼高が撃退する場面があり、そこからの展開は怒濤のように速い。活劇小説としても秀逸な作品なのである。硝煙と血飛沫の匂いにしばし忘我のひと時をどうぞ。読者がまだ味わったことのない興奮がここにあると断言する。


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