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レビュー

生きることのおかしみと哀しみが薫る極上ミステリ

人生でもっとも大切なものを自分の過失で失ってしまった男。五年後、酒浸りの日々からは脱したものの、それでも完全に立ち直ったわけではない。『カラスの親指』『鬼の跫音(あしおと)』『スタフ』など、コンスタントに話題作を発表している直木賞作家、道尾秀介の新刊は、そんな薄暗がりのなかにいる人物が主人公である。
凸貝(とっかい)二美男(ふみお)は元ペンキ屋で、いまはその日暮らしの三五歳。小学四年生の姪、汐子との二人暮らしだ。地元の祭りの前夜、ささいなことで運営委員たちとケンカした二美男は、そのうえ公園でチンピラたちにタコ殴りにされてしまう。そして、池のほとりに倒れていると、殺人と死体遺棄らしき現場に出くわす。しかし、交番に届け出ると、死んだと思った男は生きていた。
話は酔っ払いの勘違いで終わるはずだった。しかし、それから三カ月後、二美男が目撃した「殺人事件」の被害者かと思われた嶺岡道陣の孫で、小学生の猛流が訪ねてくる。道陣が無事だと思ったことこそが勘違いで、実はあの晩から行方不明だという。しかも、犯人は猛流のいとこ叔父にあたる将玄で、池にはいまも遺体があるはずだと。そして、翌年の祭りまでに祖父が帰ってこなかったら、池をさらって遺体を捜したい。二美男にその計画に協力してほしいというのである。
殺人事件は本当にあったのか? 池さらいの計画とはどんなものなのか? 二つの謎に引っ張られるように読み進めていくと、次第に登場人物たちの魅力に惹かれていった。二美男と汐子が暮らすおんぼろアパートには一風変わった人々が住んでいる。三二歳のモノマネ歌手、RYU。大家の息子なのに趣味で貧乏暮らしをしている壺ちゃん。おならと声をハモらせる元バイオリニストの老人、老原さんとその妻の香苗さん。本物そっくりの具象画を描く売れない画家、能垣さん。彼らの履歴や言動からは、江戸長屋を舞台にした落語を連想させるおかしみが感じられ、彼らの不器用さ、懸命さが愛しいものに思われてくるのだ。
だが、ユーモラスな描写の半面、二美男には重い過去があった。五年前、四歳だった娘のりくを自分の不注意で亡くし、妻とは離婚。いまはりくと同い年の汐子だけが、二美男の生きるよすがになっている。しかし、汐子を産んだ母親が現れ、二美男の心をかき乱す。自分は心の隙間を埋めるために汐子を利用しているのではないか? 二美男の心に罪悪感の影が差す。
道尾秀介はこれまで、家族構成がちょっと変わっていたり、疑似家族的だったりする人間関係をしばしば描いてきた。事件に巻き込まれることで彼らの絆が問い直され、それぞれが胸の奥底に抱える、哀しみや痛みをさらけ出すことになる。そのため、道尾作品は、登場人物たちの言動の一つひとつをじっくりと吟味することでより楽しみが増す。彼らの言葉にしばしばウソが混じり、読者をミスリードするのも、その複雑な関係性があってのことなのだ。
今回はそうした人間ドラマのほかにも、大胆不敵な池さらい計画や、迷路のように入り組んだ鉱山での追いつ追われつなど、派手な見せ場も用意されている。道尾流エンターテインメントの新たな収穫である。

あわせて読みたい
『透明カメレオン』
道尾秀介
美声と軽快な語り口で人気のラジオ・パーソナリティが、行きつけのバーで常連たちとともに殺人計画に巻き込まれる。声は最高だが顔は……という主人公のほか、お人好しにすら思える常連客たちがいい。そして最後にあっと驚かせてくれるのも道尾作品の魅力だ。


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