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過去から自由になれない人々を描いた陰影の濃い犯罪小説――『忘れたとは言わせない』(トーヴェ・アルステルダール著、染田屋茂訳)レビュー【評者:杉江松恋】

スウェーデン推理作家アカデミー最優秀長編賞、スカンジナヴィア推理作家協会「ガラスの鍵」賞W受賞作。米TVシリーズ化決定!『忘れたとは言わせない』

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忘れたとは言わせない
著者:トーヴェ・アルステルダール 訳者:染田屋 茂

23年前の凶悪事件。釈放された男が故郷に戻ってきた日、事件は起きた。



過去から自由になれない人々を描いた陰影の濃い犯罪小説

評者:杉江松恋

 罪を犯したという事実は、消しがたい刻印として人生の上にいつまでも残る。
 だが、それは本当に消すことができないものなのだろうか。犯したとされる罪がもし誤りだったとしたら。
 トーヴェ・アルステルダール『忘れたとは言わせない』は、過去から自由になれない人々を描いた陰影の濃い犯罪小説である。アルステルダールは編集者やライターなどの職を経て50歳近くになって作家デビューを果たした人で、その第一作『海岸の女たち』は邦訳されている(創元推理文庫)。2020年に発表された本作で、北欧ミステリー最高の栄誉とされる「ガラスの鍵」賞を初めて獲得した。文句なしの出世作である。
 ウーロフ・ハーグストレームという男が23年ぶりに生家へ戻ってくる場面から物語は始まる。人の気配がない家に犬が閉じ込められていることに気づいたウーロフは、鍵をこじ開けて中に入る。そこで見つけたのは、浴室で事切れていた父・スヴェンの変わり果てた姿だった。何者かの手で刺殺されていたのである。駆けつけた警察はウーロフを容疑者として扱った。彼は、望ましからざる人物だったのである。23年前、リーナ・スタヴリエドという16歳の少女が失踪するという事件が起きた。いなくなった少女の衣類がウーロフの部屋から発見され、彼は自白に追い込まれた。少女を強姦して殺害し、死体を川に遺棄した憎むべき殺人犯として、住民の記憶にウーロフの名は刻み込まれることになった。
 物語の舞台となるオンゲルマンランドはスウェーデン北東部、入り組んだ海岸線と背後に迫った山間部とに挟まれた地域である。事件の捜査に当たるエイラ・シェディンもここの出身で、首都ストックホルムで数年間の経験を積んだ後に警察官補として故郷に戻ってきた。ギエオリ・ギエオリソン(GG)刑事から、地元民の感覚があることを評価されて捜査陣に加えてもらったエイラだったが、事件関係者の誰に会っても兄・マグヌスの名を出され、相変わらず自分がその妹として認知されていることに気づかされる。共同体の誰もが間接的な知り合いになっている、というありようが事件の帰趨を左右する要素となる小説なのだ。聞き込みを続けるうちに、過去に忌まわしい汚点がある人物はウーロフだけではないことも判ってくる。
 共同体において事件が起きると、その責めを負うべき誰かが告発されない限り、混乱した秩序が回復することはない。贖罪の羊が必要になるのだ。ごく小さな村落だけの話ではなく、コンピュータ・ネットワーク上の共同体においても同様のことが起きている。本作においても、ウーロフに対して私刑を求める過激な意見がSNSを通じて拡散されていくのだ。罰する対象を見出したときに人間がいかに残忍になるかということが描かれている。
 スヴェン殺しと23年前のリーナ失踪。二つの事件についての物語なのだが、途中で人間関係図が整理され、一つの謎に集中すればいいようになる。提示される真相はごく単純なもので、その明快さがミステリーとしての魅力である。
 主人公のエイラは、時に法を犯しかねない振る舞いをする兄や、認知症初期の母との人間関係にいつも頭を悩ませており、仕事で出会った男性ともふらふらと深い仲になってしまうなど、職業人としては危うい部分がある。だが、そうして警察官に成り切れていないエイラだからこそ、見えてくるものもあるはずだ。ただ全力でぶつかっていくしかない彼女は、事件の思いがけない幕引きを見ることになる。捜査の過程では自らも傷つかざるをえない場面があった。結末では、人間の罪が時を経ても消えずに残ることの意味をエイラを通して考えさせられる。心を託せる主人公に彼女は成長するのである。

作品紹介・あらすじ
『忘れたとは言わせない』



忘れたとは言わせない
著者 トーヴェ・アルステルダール 訳者 染田屋 茂
定価: 2,420円(本体2,200円+税)
発売日:2022年08月31日

23年前の凶悪事件。釈放された男が故郷に戻ってきた日、事件は起きた。
スウェーデン推理小説アカデミー最優秀ミステリ賞、スカンジナヴィア推理作家協会「ガラスの鍵」賞W受賞作。米TVシリーズ化決定!
23年前、凶悪事件を自白し、保護施設で育ったウーロフ。事件当時14歳だった少年が釈放され、実家に戻ったその日、事件は起きた。ウーロフの父が死体で発見されたのだ。犯人と疑われ、世間の誹りを受けるウーロフ。事件の捜査に当たる、ウーロフの幼なじみで刑事のエイラ。彼女の前に、次第に過去に起きた別の事件が浮かび上がってくる――。

あなたは覚えている。忘れたとは言わせない。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204001031/
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