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レビュー

乗るという行為が宿命的に持つ哀しさ――『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』書評

書評家・作家・専門家が新刊をご紹介! 本選びにお役立てください。

『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』書評

評者: 梯久美子(作家)

 しばらく鉄道の旅をしていない。全国、いや全世界の同好の士も同じだろう。
 乗りたい欲求はたまっているが、コロナ禍で再放送がぐんと増えたテレビの鉄道紀行番組も、家にたくさんある鉄道ムック本も、見る気がしない。長引く自粛で屈託した心に、何となくフィットしないのだ。
 そんなときに出会ったのが酒井順子さんの新刊である。内田百閒と宮脇俊三という、テツにとっての二大スターの名が表紙に並ぶ。しかしイラストの二人は、つまらなそうな顔をしている。そしてタイトルは『鉄道無常』。無常? どういうこと? と思いつつ、妙に心ひかれる自分がいた。 
『鉄道無常』は、ごく簡単に言ってしまえば、鉄道を軸とした百閒・俊三のダブル評伝である。年代も出身も気質もまったく違うふたりの人生を、酒井さんは、共通するテーマ(「新橋駅」「鉄道唱歌」「戦争」「酒」などなど)を切り口にして、多くのエピソードを交えながらたどっていく。


鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む
著者 酒井 順子
定価: 1,650円(本体1,500円+税)


 子供のころからの鉄道好きだったが、借金苦や戦争で、その性分を発揮できずにいた百閒。政治家の息子というアドバンテージを存分に生かして戦時中もあちこちの鉄道に乗り続け、玉音放送も旅先で聴いた俊三。終戦時に56歳と18歳だった二人は、戦後、それぞれの流儀で鉄道に乗り続け、紀行を書き続けることになる。
 読み進むうちに、鉄道の魅力だけでなく、乗るという行為が宿命的に持つ哀しさに思い至って、しみじみとした気持ちになった。それがピークに達するのが「曾遊」をテーマにした16章だ。
 百閒の『阿房列車』に出てくるこの言葉は、かつて行ったことがある、という意味だという。鉄道好きは基本的に、乗ったことのない路線に乗ろうとする。だが年齢をへると、かつて旅した場所をもう一度訪れたいと思うことがある。百閒の場合、それは横手と八代だった。
 心に残る路線、駅、宿。若者ならば、いつでも行ける、また今度行こう、と考えるが、もう若くないと自覚した人には「今度」はないかもしれないのだ。
 人は、かつて愛した場所や思い出の土地に、昔と変わらぬ景色を求めるが、そうはいかない。何より、その地に立つ自分自身が、昔と同じではない。
 移ろう時代。変わる風景。老いる自分――。曾遊の地におもむくことは、過去と現在とのへだたりを肌で感じることなのだ。酒井さんは、敬愛する先達ふたりの文章を引きながら、そのことを静かに語っていく。
 なるほど、無常である。けれども本書は決して暗くはない。読み終えて私の心に浮かんだのは「郷愁」と訳されることの多い「サウダージ」という言葉だ。
 もう帰ってこないものへのなつかしさと切なさ――それは、大人だけに許される、ほどよく乾いた感傷である。
 読み終えてあらためて、ああ、鉄道っていいなあ、と思う。
 子供のころ、胸をときめかせてあこがれの車両を見あげた、あの感じ。若いときの、コレクションをするように各地の鉄道に乗りに出かけたわくわく感(そこには独特の“征服感”があった)。そして、人生の夕暮れが迫る年齢になって知る、いまは失われたが、かつて確かにあったものを胸によみがえらせるときの、しみじみと豊かな気持ち――。
 人生にも旅にも終わりがある。だからこそ、自由に鉄道旅ができる時期がくるのを、心して待ちたいと思う。

作品紹介



鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む
著者 酒井 順子
定価: 1,650円(本体1,500円+税)

変わり続ける車窓風景に人生と日本を見た、 鉄道紀行界の巨星二人の軌道
鉄道は楽しい。 そして、鉄道は哀しい。

「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」内田百閒
「鉄道の『時刻表』にも、愛読者がいる」宮脇俊三

日本において鉄道紀行というジャンルを示した内田百閒。
「なんにも用事がない」のに百閒が汽車で大阪に行っていた頃、
普通の人にとって鉄道は、何かの用事を果たすために乗るものでした。
それから四半世紀後、異なるアプローチでそのジャンルを背負った宮脇俊三。
彼は、時刻表を小説のように愛読していたことを
『時刻表2万キロ』で告白しています。
鉄道や紀行文学の歴史とともに二人の足跡をたどる1冊です。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000355/
amazonページはこちら


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