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レビュー

並外れた構成力。スリリングな人間模様。抜群に面白い本格ミステリ――『殺人ゲーム』文庫巻末解説

英語圏で著書累計400万部超を売り上げる人気ミステリ作家のサイコ・スリラー作品、初の邦訳!
文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

殺人ゲーム』文庫巻末解説

解説
おお ひろ 

 なんてスリリングでテクニカルなミステリだろう!
 著者のレイチェル・アボットは、イギリスで「サイコ・スリラーの女王」「ツイスト・サスペンスの女王」と呼ばれているという。訳者あとがきにあるように、看板シリーズは十一作を数え、英語圏で四百万部の売り上げを誇るほどの人気作家だ。それがようやく日本に紹介される運びとなった。
 本書はその看板シリーズの作品ではなく、女性刑事ステファニー・キングを主人公とした新シリーズの二作目に当たる。え、人気だというトム・ダグラス警部のシリーズじゃないの? と思ったが一読して納得した。これは面白い! 本書に仕掛けられた趣向や登場人物など、さまざまな要素が日本初お目見得の作品としてぴったりだ。


殺人ゲーム
著者 レイチェル・アボット 翻訳者 関 麻衣子
定価: 1,210円(本体1,100円+税)


 物語は二部構成になっている。第一部は、コーンウォールの海辺に建つ邸宅に、招待客たちが集う場面で始まる。財団を運営する富豪のルーカス・ジャレットが結婚することになり、付添人を引き受けた学生時代からの旧友三人がそれぞれのパートナーとともに招かれたのだ。
 美容外科医のマットと、その妻のジェマ(本書の主な語り手である)。お調子者のニックと、彼の双子の妹で目を引く美女のイザベル。アクティブで海やヨットを好むアンドリューと、その恋人で物静かなチャンドラ。ホストは新郎のルーカスと、まもなく彼の妻になるニーナだ。
 この家にはもうひとり、ルーカスの妹のアレックスがいる。ジェマとチャンドラ以外はアレックスとも旧知の仲のようだが、ジェマは違和感を覚えた。どうも他のメンバーのアレックスに対する態度がおかしいのだ。彼女のいないところでアレックスの話をするのを避けているようだし、いたらいたで、自然にしようとするあまり不自然になってしまう始末。ものに触るように扱うのは何か事情があるのかと夫のマットに聞いても、彼女は大きなトラウマを負っていると言うだけで、具体的なことは何も教えてくれない。
 そして結婚式当日の朝、悲劇が起きる。海辺でアレックスの死体が見つかったというのだ。事件は自殺として処理されたが──。
 そして第二部は、それからちょうど一年後が舞台。同じメンバーがルーカスによって再び招集される。ルーカスは一年前のあの日とまったく同じように過ごすことで、当日の全員の動きを確認したいという。なぜなら、アレックスは自殺ではなくこの中の誰かに殺されたからだ、と。
 同じ服と同じ食事が用意され、当日とまったく同じように全員が行動するよう求められた。かくして犯人をあぶり出す「再現」が始まった──。
 この設定を見て、死亡事件の起きたパーティから一年後に同じ参加者で当日を再現するアガサ・クリスティの『忘られぬ死』を思い浮かべた人は多いのではないだろうか。本書はボードゲームをイメージしたものではあるが、偉大なるクリスティへのオマージュとして読むのも面白い。だがオマージュだとしても、著者はもちろん、そのまま過去の名作に乗っかったりはしない。私ならこうするよ、というのを見せてくれているのでクリスティファンにも本書はおすすめだ。
 読みどころは多いが、なんと言っても目を引くのは並外れた構成力である。
 まずは第一部が醸し出す不穏な空気に注目願いたい。集まった人々の様子は、夫を除く全員と初対面のジェマの視点で語られる。つまり読者とほぼ同じ視点である。アレックスについて言葉を濁す夫、夫に妙にれ馴れしいイザベル、友人であるはずの四人の間に感じられるいびつな権力こうばい、偶然耳にした不穏な会話……。旧友が集まり、一見和やかに進むように見える再会だが、違和感が少しずつ積み重なっていく。
 この「積み重なっていく」様子が絶品。このメンバーには何かある、と思わせる断片だけはふんだんに与えられるのだ。とにかく怪しい。みんな何かを隠している。何かあることは間違いないのに、それが何なのかわからないれったさ。そんな中、ジェマの他にアレックスやニーナの視点で語られる章もあり、そこで読者にだけ伝えられる情報が提示される。たとえばアレックスのこの言葉だ。
「ルーカスの友人たちは誰もが、こんな厄介者のわたしを受けいれてくれる。けれどもそのなかの誰かが、わたしの口を封じたがっている」
 えっ、そうなのか! その「誰か」を探せばいいんだな? こういう重要な情報がさらっと挿入され、それが積み重なった違和感のみちしるべになるのだ。不穏さを重ねる一方で、読者が何に注目して読んでいけばいいのか導いてくれるわけで、不穏な空気はキープしたままストレスは緩和される。実にうまい。
 だが、実はそこにわながある。もちろんここで詳しく書くことはできないが、いかにも不穏なエピソードをちりばめながら、後になってみると思いもしない部分が大事だったことがわかるので、推理好きの読者はゆめゆめ油断しないように。
 そして第二部、ある出来事をきっかけに事態は大きく動き出す。それまでを「不穏さが積み重なるサスペンス」とするなら、終盤は「ちりばめられた伏線が回収される本格ミステリ」だ。事件が起きるたびに、背景がひとつずつ明らかになるたびに、そこか、そこがポイントだったのか、と何度も驚かされた。鮮やかという他はない。
 わかってしまえば、伏線はかなりあかさらさまだったことに気づくだろう。だが初読のときは見落としてしまう。なぜなら人間模様のドラマが抜群に面白いからだ。謎めいた展開に引き込まれてしまって、手がかりに注意することを忘れてしまうのである。つまり、物語の面白さ事態が最大のくらましになっているわけで、この技巧、この趣向は、まさにれの技だ。本国で人気が出るのもうなずける。

 だが、本書は決して、技巧・趣向だけの物語ではない、ということは声を(文字を?)大にして言っておかねばならない。これは夫婦の物語であり、後悔と秘密の物語であり、「支える」とは何かを問う物語なのだ。
 本書には、一年前の事件を境に距離ができてしまった二組の夫婦が登場する。マットとジェマ、ルーカスとニーナだ。ともに、何かを抱えて妻を振り返れなくなってしまった夫と、夫の力になりたいと思えども理由も方法もわからず悩む妻の組み合わせである。もうだめかもしれないとうなれるニーナ、優しいアンドリューにかれてしまうジェマ。夫を信じたいのに信じられない、妻を愛おしく思えばこそ真実を語れない、そんな二組の夫婦がどうなるのか、事件の謎解きと並行して本書の大きな注目点だ。
 この対比として登場するのが、ガス警部とステファニー刑事の警察カップルである。どうやら未訳の前作でいつたん離れたものの、本書でおさまるところにおさまったらしい。そんなふたりがコンビとして協力し合いながらこの事件にたいする。公私はきちんと分けつつ、互いをリスペクトしながら仕事を進めるふたりが実にいい。ガス&ステファニーの場面はこの不穏な物語の中で唯一ほっとできる、地に足のついた章になっていて、物語にメリハリを生むという効果もあげている。だからこそ、揺れ動く二組の夫婦の不安定さが際立つ。
 夫たちは何を隠しているのか──というのはミステリの根幹に関わるのでここには書けないが、それがわかったとき、読者は大きな衝撃を受けるに違いない。なぜ男性たちはアレックスを腫れ物に触るように扱っていたのか、ルーカスはなぜここまで妹をいつくしむのか、その出来事が旧友たちの仲をどう変えたのか。そこに浮かび上がる真実は、人が後悔や負い目を抱えて生きるとはどういうことかを改めて読者につきつけるのだ。
 過去に何かがあった。だが時間を巻き戻すことはできないし、過去をやりなおすこともできない。であるならば、人は後悔とともに生きていくしかない。自分なら──と想像してお読みいただきたい。その後悔にふたをして目を背けるのか。なかったものとして抑え込むのか。彼らに他に選択肢はなかったのか。自分の人生のパートナーや家族がそんな苦しみを持っていたら、自分はどう支えていくのか。本書はそこを問うているのだ。
 不穏さが積み重なる物語は、人が誰しも持っている弱さを浮き彫りにして幕を閉じる。それでも読後感は意外なほどそうかいだ。それは彼らが自らの弱さや後悔と向き合うことを選んだからに他ならないのである。

 本書の前作にあたるシリーズ第一作の他、レイチェル・アボットには多くの未訳作品がある。本書を読んでそのテクニックとテーマにヤラれてしまった今、一刻も早く他の作品も読んでみたい気持ちを抑えられない。継続的な翻訳刊行を強く願っている。

作品紹介



殺人ゲーム
著者 レイチェル・アボット 翻訳者 関 麻衣子
定価: 1,210円(本体1,100円+税)

英サイコ・スリラーの女王ついに邦訳。ツイストが連続する震撼のプロット。
海沿いの屋敷で開かれる大富豪ルーカスの結婚式に招かれたジェマと夫。式の朝、ルーカスの妹アレックスが水死体となって発見された。その死は自殺とされたが、1年後、再び屋敷に集められた招待客は、“殺人ゲーム”に参加することに――。昨年と同じ状況で、真犯人を推理し合うのだ。その場に居合わせたステファニー刑事は、ある女性の失踪を追っていたが。2つの事件が結びつくとき、全ての真実が明らかに。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000072/
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