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レビュー

『図書館の魔女』の著者が贈る、どんな惹句も当てはまらない前代未聞の野心作。『まほり』

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(評者:東 雅夫 / 文芸評論家)


 盛夏の某夜、魔界都市しんじゅくのビアガーデンで、菊地秀行さん主催の暑気払いの宴が催された。あいにく私は某書の校了中だったため、宴なかばで失礼したのだが、帰り際、旧知の編集者氏に呼びとめられて、「ヒガシさんが絶対、気に入りそうな小説を近く出すので、よかったら読んでみていただけませんか」と耳元で囁かれた。
 それから程なくして送られてきたのが、本書まほりの分厚いプルーフだったのである。おお、これか~と、何の気なしに冒頭部分を読み始めたらサア大変。いきなりの「ひととって喰おうか」(妖怪名をあえて出さないところがまた心憎い)攻撃に目をみはり、独特な語りの名調子にうかうか誘い込まれて、ハッと気づいたときには全体の半ば近くまで、夢中で読み耽っていようとは……。いやはやベテラン編集者の眼力、おそるべし。
 著者の高田大介氏は、2010年に長篇『図書館の魔女』で第45回メフィスト賞を受賞してデビュー。小説家と言語学者という二つの顔で活躍する(そのあたり『指輪物語』の作者トールキン教授を連想させますな)、異色の経歴の持ち主だ。
 異色といえば、累計40万部超の大ヒットとなった『図書館の魔女』シリーズもまた、気宇壮大な異世界ファンタジーであると同時に、ミステリーや冒険サスペンスの要素も満載された、クロスジャンルというか、他に類を見ないタイプの一大エンターテインメント作品だったことは記憶に新しい。
 そして四年ぶりの新作となった本書もまた、「民俗学ミステリー」と銘打たれてはいるものの、過去にその種の惹句がつけられた作品群の、おそらくはいずれにも似ていない、まさに前代未聞の野心作となった。
 物語の舞台は上州(群馬県)の山里。都会から父の故郷である同地へ家族で引っ越してきた中学生の淳と、同地出身で今は都会の大学に通い、社会学の大学院進学をめざす苦学生の裕──年齢も家庭環境も異なる二人の若者を導線にして、ひと夏の数奇な物語は織りなされてゆく。
 独りで沢登りをしていた淳は、山中には相応しからぬ和服姿の美少女と、たまさか遭遇する。しかも彼女は、彼の眼前で、裾をまくり放尿を始めたではないか。柳田國男の『遠野物語』などでおなじみの山姫伝説を彷彿させるような妖しい光景。ところが彼女は、追いかけてきたらしい男たちによって叱責され、二重丸の紋がついた下駄の片方を残して、いずこかへ連れ去られてしまった……。
 ここで場面は一転。同窓の大学生たちによるグループ研究「都市伝説の伝播と変容」に、指南役として引っぱり込まれた裕は、メンバーの一人が「友達から聞いた話」として持ち出した奇妙な実話に、無性に惹きつけられてゆく。それは町なかのあちこちに、人知れず「二重丸のお札」が点々と貼られており、その跡をたどってゆくと……という子供時代の無気味な実体験談で、しかもどうやら裕自身の郷里で起きた出来事らしいのだ。
 裕と学生たちによる都市伝説談義もまことに堂に入ったもので、それ自体、大いに興趣を掻きたてられたのだが、その果てに投入される謎の二重丸(=蛇の目紋)をめぐる逸話がまた、なんとも秀逸で、おばけずきな読者の琴線を烈しく揺さぶるに違いない。
 かくして物語は、聖か邪か、不穏な妄想を孕む「蛇の目紋」の謎の解明へと発展してゆく。それこそ『神州纐纈こうけつ城』の国枝史郎あたりに発して、横溝正史や半村良、夢枕獏や菊地秀行へと至る伝奇ロマンや土俗ホラーを思わせる序盤の展開だが、そこは一筋縄ではいかない作者のこと。待っていたのは予期せぬ(もっとも『図書館の魔女』の読者的には期待された!?)展開だった。
 夏季休暇を利用して故郷に戻った裕は、中学時代の塾仲間で今は地元の図書館に勤務している香織と偶然に再会、彼女の好サポートを得て、寺社縁起などの郷土資料を手がかりに、謎の解明へと邁進してゆくのである。
 次から次へと引用される古文献の奔流。学芸員たちとの意見交換。このあたり、民俗学ミステリーというよりは、むしろ古文書ミステリーとでも呼びたくなるほどの入念さである。正字旧仮名の蒼古たる引用文が相次ぐことに恐れをなす読者があるかもしれないが、心配は無用。作者は登場人物たちの会話などを活用して、物語の流れを途切れさせることなく、原文の内容が一般の読者にも伝わるように周到な配慮を怠らないのだから。
 またそれだけに、文献群の仄暗い行間から、世にも悲惨で忌まわしい民衆史の底深い闇が、じわじわと顕在化する迫力は、圧巻というほかない。
 終盤、もう一人の主人公である淳の活躍によって、物語はインドアからアウトドアへと急転、嵐の山中での息詰まる追跡行が繰り広げられるが、ここでも作者は冒険活劇の常套を排した着想で、かつてない趣向の大団円を鮮やかに語りおおせている。
 民俗学のみならず、歴史学や言語学など人文諸学を援用することで、近世日本の暗黒領域をなまなましく照射し、同時に、ひと夏の妖しき青春物語ともいうべき詩情を湛えた、まったく新しいブラン・ニュー伝奇小説の出現を、ここに驚嘆しつつ言祝ことほぎたい。

ご購入&試し読みはこちら▶高田大介『まほり』| KADOKAWA


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