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レビュー

孤高の民俗学者が奇妙な事件に挑む――『触身仏 蓮丈那智フィールドファイルII』北森 鴻 文庫巻末解説【解説:法月綸太郎】

連作短篇の名手が放つ本格民俗学ミステリ!
『触身仏 蓮丈那智フィールドファイルII』北森 鴻

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。



『触身仏 蓮丈那智フィールドファイルII』文庫巻末解説

解説
のりづきりんろう(作家)  

 れんじようシリーズは、異端の民俗学者・蓮丈那智とその助手・ないとうくにのコンビが、日本各地の民間伝承の調査研究に携わるなかで遭遇する奇妙な事件の数々を描いた本格ミステリーの連作だ。「フィールドファイルⅡ」と銘打たれた『しよくしんぶつ』は、本文庫から同時復刊された『きようしようめん』に続くシリーズ第二巻。第一巻と同様、五つの短篇で構成されているが、歴史と習俗に関する学問的な解釈とアクロバティックな殺人推理の二刀流に、ますます磨きがかかっている。
 今回、那智と三國が挑む謎は──人里離れた場所にあるひやくかん、死と破壊の神が家内安全と富のシンボルにへんぼうした理由、海幸彦・山幸彦伝説と三種の神器の関係、さえの神としてまつられた即身仏、かげこうと呼ばれる不可解な伝承の由来、など。いずれもいわく付きの調査案件に招き寄せられたように、関係者の怪死やしつそうといった穏やかならざる事件が次々と二人の身に降りかかる……。短篇の名手として語り継がれる作者・きたもりこうが心血を注いだ連作だけに、二十年以上前のヴィンテージ本でもまったく古びた感じはしない。
 あらためて舌を巻かされるのは、情報量の多さ(民俗学的なディテール)がストーリー展開の妨げになっていないことである。本格ミステリーとしての演出面から見ると、事件のデータをぎ落とし、推理のプロセスを圧縮して書くことで、謎解きのキレを高める工夫がされている。物語の前景を占める事件がソリッドに解かれるからこそ、その背後にひそむ土俗的・因習的な思考法のやみ深さが際立つというわけだ。
 コンパクトに圧縮された謎解きが説得力を持つには、エキセントリックな性格と天才的な頭脳を併せ持つ蓮丈那智というキャラクターの魅力が欠かせない。ここで見逃せないのはカリスマ的な名探偵・那智とコンプレックスに悩まされる凡人・三國の師弟コンビが、シャーロック・ホームズとワトソン博士の関係をモデルにしていることだろう。
 三國の視点は三人称だが、その語りはほぼ回想録に等しいし、「裏のフィールドファイル」(フィールドワーク中に事件に巻き込まれたせいで発表できなくなった事案)という体裁も、ホームズたんの「語られざる事件」を連想させる。シリーズ第一巻の『凶笑面』では、依頼に応じて調査に出向いた地方の旧家やへきそんの関係者が殺されるケースがほとんどで、民俗学的な謎と探偵小説的な謎がからみ合った難事件を解決する那智の推理にも、ホームズ的なケレン味があった。快刀乱麻を断つというたとえがピッタリの、短篇に特化したシリーズ名探偵の王道といってもいい。
 とはいえ、こうした探偵小説の定型に忠実な書き方は、北森作品のなかではむしろ異色の部類に入る。作品リストを振り返るとオーソドックスな本格ミステリーより、群像劇風のサスペンスに分類される作風がメインで、判で押したような「名探偵もの」のパターンに徹したのは『凶笑面』ぐらいだろう。「民俗学と本格ミステリーの融合」という難題をクリアするため、蓮丈シリーズが軌道に乗るまではあえて定型の力を借りたようなところがあって、熱心な北森ファンから見ると、型にはまりすぎて窮屈な印象が上回るかもしれない。
 作者本人もそんなふうに考えていたふしがある。というのも、北森は前巻に収録された「不帰かえらずの」について「もともとこの“蓮丈那智シリーズ”は民俗学を取り入れたミステリーということで、非常に制約の多い作品である。短篇の割に資料を多く使わねばならないこともあって、あまり量産のきくものではない。そこへさらに、密室の要素を加えるとなると、作者の苦吟のさまは容易に知れようというもの」とらしているからだ。これは一九九九年六月刊の密室アンソロジー『大密室』(新潮社)に向けて書いたエッセイ「密室からの脱出」からの引用だが、すでにこの頃から蓮丈シリーズの制約に不自由さを感じ始めていたのではないか。

 そういう意味も含めて、北森鴻という作家の本領が発揮されるのはシリーズ二巻目の本書からだと思う。具体的な「らしさ」として真っ先に目を引くのは、「教務部の狐目の担当者」の役割の変化だろう。『凶笑面』では、調査費をめぐって三國を悩ませる口うるさい男にすぎなかったけれど、本書では頼りない三國の相談役として「触身仏」を除く四編に台詞付きで登場、蓮丈研究室を支える「第三の男」というべき存在に格上げされているのだ。
 それだけではない。前巻はフィールドワーク先での事件が主だったが、本書では那智のホームグラウンドであるとうけい大学キャンパスや歴史・民俗学界の周辺で事件が頻発する。那智に講義レポートを提出した女子学生の焼死事件(「よう」)、学内のカルト宗教サークルの周囲で相次ぐ不審死(「だいこくやみ」)、学者同士の異種交流の場で起こった殺人事件(「しのみつるたま」)、アカデミックポストをめぐる学内の権謀術数(「かげこう」)など、研究者としての第三者的な立場を脅かすトラブルばかりである。『凶笑面』の王道パターンを踏襲しているのは、おうさんみやくふもとの村へ即身仏の調査に赴く表題作「触身仏」のみで、これだけ「狐目の担当者」の出番がないのは、やはり第一巻とのアプローチの違いが意識されていたからだろう。
 師弟コンビのキャラクター描写にも、ふくらみと陰影が加わっている。主役の那智はいきなり全治二か月の複雑骨折で入院したり、男性の遺体と一緒の車中で昏睡状態で発見されたり、帰宅途中の公園で暴漢に襲われたり、と災難が続く。前巻の冷徹で人間離れしたイメージを塗り替えるように、弱さを抱えた生身の女性という側面に新たな光が当てられているということだ。エピソードを重ねるごとに「狐目の担当者」の存在感が増し、那智のしやという役割が大きくなっていくのもそれと無関係ではないだろう。
 対する三國はといえば、『凶笑面』の時点より那智に対するマゾヒスティックな依存度に拍車がかかっているようだ。舞台や事件の性格によるとはいえ、作者がワトソン役いじりのギアを上げてきた印象を受ける。「死満瓊」では思いがけない「ご褒美」を与えられるのだが、那智の方に一切デレる空気がないのは、やはりそうでなくてはならない。
 脱線はさておき、もう少し長い目で『触身仏』を見ると、蓮丈シリーズの過渡期的な作品と位置付けることができるだろう。その関係で注目しておきたいのは、那智と肩を並べるもうひとりの北森ヒロイン「旗師・とうどう」こと、とうシリーズの第二長編『きつねやみ』が本書の刊行直前に単行本化されていたことである。とはいえ、シリーズの枠を超えた蓮丈那智と宇佐見陶子の共闘関係、とりわけ『凶笑面』に収録された「そうしん」の重要性について、ここでは書ききれないので、二〇二〇年に復刊された徳間文庫版『狐闇』の解説を参照していただきたい。せんがいあきゆき氏による「北森ワールド」へのツボを押さえた入門ガイドで、「“北森史観”と言うべき独自の壮大かつ伝奇的な歴史観」に関するコメントも含め、北森ファンなら一度は目を通しておいて損はないと思う。
 さて、本書には目に見える形での「旗師・冬狐堂」へのリンクはない。しかし、今回の五篇の謎の解き方(民俗学的解釈と探偵小説的解決の重ね方)には、宇佐見陶子が初参入した「双死神」での荒業のような、従来の枠に縛られない大胆な手つきが感じられないだろうか。だとすれば、作者が蓮丈シリーズにおいて、本格ミステリーとキャラクター小説のハイブリッドをあの手この手で試していたことの裏付けになるはずだ(ちなみに前記エッセイ「密室からの脱出」が発表された時期は「不帰屋」と「双死神」のインターバルに相当する)。三國の自虐描写が増えているのも、そうした試行の一環だろう。
 さらに最終話「御蔭講」で、という新キャラクターが加わる。那智ホームズと三國ワトソンという基本形を維持しながら、群像劇としての層の厚みを増す方向へかじを切ったといってもいい。本書に続く第三巻『しやらくこう』では、「狐目の担当者」と佐江由美子も含めた四人編成チームの結束がますます強くなる。同書の表題作では、宇佐見陶子も加わって「北森鴻オールスターズ」的な展開が繰り広げられ、並行して作者の絶筆となる蓮丈シリーズ唯一の長篇『たい』への布石が打たれていく……。
 シリーズ作品を発表順に読んでいくだいのひとつは、脇役も含めたレギュラー陣の経年変化を見届けることにある。『凶笑面』のいわけい氏による解説には、タイムパフォーマンス(時間対効果)の良し悪しをめぐる考察が記されているけれど、キャラクターの熟成を味わうには、読み手の側にも手間と時間をかけてコツコツと物語に付き合っていくことが必要とされるのではないか。長い目で『触身仏』を過渡期的・試行的な作品と位置付けるのは、そのような意味においてである。

 最後にもうひとつ、本書の連作短篇集としての小粋な仕立てについて触れておきたい。北森作品には『メイン・ディッシュ』『共犯マジック』を始めとして、「連鎖式」と呼ばれる手法(独立した複数の短篇がリンクして、最終的に一本の長篇のごとき物語を浮かび上がらせる趣向)を取り入れた短篇集がいくつもある。「連鎖式」にはエピソードごとにタッチを変え、さまざまな語り口を盛り込めるという利点があるのだが、蓮丈シリーズの本書にはそれとは少し異なった趣向が凝らされている。連作の各篇で民俗学的なモチーフがバトンリレーのように受け渡しされる、という高等テクニックだ。
 例を挙げると、「秘供養」の終盤で言及される仏像の分類が「大黒闇」のヒンズー教の神々のランク付けにつながり、「大黒闇」の鉄器文明に関する考察が……(以下略)という具合。そして、最終話「御蔭講」の民俗学的アイデアは思いがけない形で巻頭の「秘供養」にリンクするけれど、これはいわゆる「連鎖式」のどんでん返しとはひと味ちがう、らせん状の解釈ループめいた仕立てになっているようだ。『触身仏』という本がいわく言いがたい、独特のオーラをまとっているのは多分そのせいだし、パターン化したどんでん返しに飽き足らない作者にとっても、本書の締め方は会心の出来だったのではないか。

作品紹介・あらすじ



触身仏 蓮丈那智フィールドファイルII
著 者:北森 鴻
発売日:2024年04月25日

答えはない。意味もない。 民俗学は死に向かっている学問だ。
フィールドワークで災難や殺人事件に遭遇する民俗学者が存在するのか? 蓮杖那智の助手・内藤三國は、毎度の無理難題、考察に翻弄され疲弊する日々。東北地方の山奥に佇む石仏の真の目的。死と破壊の神が変貌を繰り返すに至る理由。海幸彦・山幸彦の伝説と死者の胃の中の曲玉の関係。即身仏がなぜ塞の神として祀られたのかを巡る謎。孤高の民俗学者が奇妙な事件に挑む5篇を収録。連作短篇の名手が放つ本格民俗学ミステリ!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000302/
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