2人の少女の不思議な友情と秘密を鋭く描き切る、傑作長編ミステリ。
『殺し屋志願』赤川次郎
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『殺し屋志願』文庫巻末解説
解説
一九七六年に「幽霊列車」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビューしてから四十七年。
正確な数はわからないが(たぶん、ご本人も把握されていないかもしれない)、著書はオリジナルだけで六百冊以上あるはずだ。その圧倒的なパワーのもとがどこにあるのか、わたし自身小説を書き続けながら考え続けている。
赤川さんの作品が長く読み継がれている理由には、容易に思いあたる。リズミカルで軽快な文章、ウィットに富んだいきいきとした会話、どこを切り取っても映像的な場面、エンタテインメントを追求しながらも社会風刺を忘れない
たとえば、本書『殺し屋志願』に登場する
物語は朝の通勤通学電車から始まる。満員電車の中で、みゆきは一人のサラリーマン風の男と向かい合って立つ形になる。短い会話を交わしたのちに、みゆきは男の顔色が悪いのに気づく。体調を気遣う言葉をかけるが、男は笑顔を作って、次の駅で降りようとする。ところが、男はホームに降りるなり、よろけて
ショッキングな導入部から始まる物語は、予想外の展開を見せる。みゆきの隣で息を引き取った男──
佐知子の出現によって、みゆきの中のぼんやりしていた殺意が次第に輪郭をくっきりさせて、膨れ上がっていく過程が怖い。そして、佐知子もまた「殺し屋」に殺してほしい相手──父親の再婚相手がいたのである。いや、そればかりか、佐知子の周辺にもまた殺意を内に秘めた人間がいた……。
現在から過去へ、過去から現在へ、時間軸を自由自在に操る巧みな構成、読者に映像をパッと思い浮かべさせる描写の妙、複雑に入り組んだ人間関係を構築する力。それらは、職人技としか言いようがない。
読者はきっと、自分の中にも小さな殺意が潜んでいることに気づかされるにちがいない。そして、誰かに抱いた殺意が、鋭い刃となって自分の胸へと返ってくることにも。一生のうちで一度も殺意を抱かない人間などいないのではないか。自分でも気づかぬうちに誰かに殺意を抱かれている可能性もある。読みながら、そんな恐ろしい考えが脳裏をよぎってしまった。
殺し屋である鳴海と、彼の死を見届けたみゆきと、鳴海の正体に気づき、彼を利用しようとする佐知子。その佐知子は鋼のように固い意志を持っている。三者の緊張感
赤川さんは、デビューから四十七年たったいまも精力的に作品を生み出し続けている、と最初に書いたが、実に多くのシリーズ及びシリーズキャラクターを世に送り出してきた。三毛猫ホームズシリーズ、三姉妹探偵団シリーズ、吸血鬼シリーズ、幽霊シリーズ等……。
中でも、一つずつ年齢を重ねて毎年刊行される
十五歳で作品に初登場した爽香は、一冊ごとに年齢を重ねていき、今年九月に刊行された『向日葵色のフリーウェイ 杉原爽香50歳の夏』でめでたく五十歳を迎えた。読者も同時に年をとっていくわけで、赤川さんは、爽香の成長を温かく見守りながら物語も楽しめる喜びを味わわせてくれた。爽香は、物語の中で結婚し、出産している。女性読者にとっては、自分の分身のような存在かもしれない。
そして、赤川さんは、わたしが作家を目指すきっかけとなった人物でもあるのだ。
大学を卒業して入った小さな旅行会社で、理想と現実のギャップに
現在「
都内の雑居ビルで偶然見かけた「受講生募集」のポスターに、「ゲスト講師赤川次郎氏」と書かれていたのである。迷わずその場で一年間の受講料を払い込んだ。そして、小説講座の受講生となり、なぜか習作らしきものを書くはめになり、運にも助けられて、一九八八年に作家デビューに至ったわけである。ちなみに、売れっ子ベストセラー作家になっていた赤川さんは、超多忙のため教室に顔を見せることはなかった。
小説家になるきっかけを作ってくれた
赤川さんの衰えない筆力、書き続けるパワーがどこからくるのか……。それを研究し続けることがわたしの課題かもしれない。
作品紹介・あらすじ
殺し屋志願
著 者:赤川次郎
発売日:2023年12月22日
殺し屋を看取った日から、少女の周りで何かが動き出す。傑作長編ミステリ。
朝の満員電車で、男が何者かに刺し殺された。殺害されたのは腕利きの殺し屋・鳴海。偶然そばに居合わせ、彼の死をみとることになった17歳のみゆきは、その日を境に奇妙な出来事に巻き込まれていく。「――殺したら?」たった一言を告げる電話と、みゆきの前に現れた謎の女子高生・佐知子。彼女は継母を憎み、その死を願って自ら殺し屋に近づいた少女だった――。2人の少女の不思議な友情と秘密を鋭く描き切る、傑作長編ミステリ。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000870/
amazonページはこちら