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ほっこり心が温まる、次世代の人情時代小説!――『おんな大工お峰 お江戸普請繁盛記』泉ゆたか 文庫巻末解説【解説:田口幹人】

ほっこり心が温かくなる人情時代小説!
『おんな大工お峰 お江戸普請繁盛記』泉ゆたか

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

おんな大工お峰 お江戸普請繁盛記』著者:泉ゆたか



『おんな大工お峰 お江戸普請繁盛記』文庫巻末解説

解説
田口幹人(書店人)

 近年、「推し」や「推し活」という言葉を耳にすることが増えたのではないだろうか。皆さんにも、繰り返される代わり映えのしない毎日に、ほんの少しの幸せをもたらしてくれる存在がいるのではないだろうか。疲れた日に元気をもらったり、コンサートやイベントがあれば会いに行ったり、グッズを集めたり。
 推しの対象となるのは、アイドルや俳優や歌手、または二次元のキャラクターなど、じつに様々である。本で考えた場合、その著者の新作の発売日に書店に足を運び購入したり、既刊を繰り返し読んだりということが「推し活」なのではないだろうか。いわゆる推し作家というのだろうか。本に限らずではあるのだが、「推し」がいる生活は、日常がより楽しく豊かになるものだ、と僕は考えている。
 かつて書店に勤めていた際、特定の作家の作品はすべて購入し読んでいるというお客様が非常に多かった。小さな店だったこともあり、店頭でお客様と立ち話をする機会が度々あり、それぞれのお客様がなぜ「この人を推す」と決めるのかをうかがっていた。物語の構成やキャラクター造形、様々な事象に対する考え方や視点の置き方などと、それぞれの読者のこうが重なるとき、「この人を推す」と決める人が多いようだ。
 現代は、映像やネット動画、そしてゲーム等視覚的な娯楽が隆盛を極めているが、僕は、やはり小説を読むことがもっとも好きである。活字を通してしか得られない情報は想像力を高めてくれ、自分ではない誰かの思考や感情に触れることができ、さらに知らない世界に出合わせてくれる。人間の内面や心が動く様を、景色や仕草など外面を描くことで表現する小説は、場をどこまで丁寧に描くかによって深みが違ってくるという魅力があり、それが楽しくて小説を読んでいる。
 前説が長くなってしまったが、何を隠そういずみゆたかさんは僕の推しの一人である。書評家ではないので、様々な過去の作品との対比した解説を添えることはできないが、氏を推すと決めた瞬間、いわゆる沼に落ちた瞬間について書かせていただくことで解説に代えさせていただきたい。
 氏は、『お師匠さま、整いました!』(講談社)で第十一回小説現代長編新人賞を受賞してデビューし、二作目で『髪結百花』(KADOKAWA)という名作を世に送り出し、第一回日本歴史時代作家協会賞新人賞と第二回細谷正充賞をW受賞した。その後も、「お江戸けもの医 毛玉堂」シリーズ(講談社)、「眠り医者ぐっすり庵」シリーズ(実業之日本社)、「お江戸縁切り帖」シリーズ(集英社)と、文庫書き下ろしシリーズを出版している、時代小説界期待の書き手である。さらに、本書単行本版の発売直前には、初めての現代ものの連作短編集『おっぱい先生』(光文社)を出版するなど、精力的に執筆活動を続けている。
『お師匠さま、整いました!』では、夫の死により寺子屋の師匠を引き受けた若き女師匠と、寺子屋一の秀才の女児、そして大人になりもう一度学び直しがしたいという女性三人を中心に、「学び」とは何かを描いたさわやかな作品だった。生意気な秀才・すずと真面目な天才・はるの間に挟まれる、師匠といえども未熟なももの成長の物語となっている。
『髪結百花』は、夫を遊女に寝取られた過去を背負い、母の後を継いだ新米髪結いのうめの成長を、よしわらの遊女の生き様と母と娘の複雑な関係性を情感深く描くことで、濃密な人間関係が織り交ざった物語にまとめ上げた。嘆くのではなく、置かれた場所で咲こうとする意志と、今を精一杯生きている力強さを感じる物語だった。未読の方には、ぜひお読みいただきたい名作である。
『おっぱい先生』は、おっぱいにまつわる出産や育児の悩みを抱える女性が駆け込む専門外来「母乳外来」の助産院を舞台に、出産後の心と体の変化に寄り添う助産師を描いた物語だ。自分の体でありながら、思うようにいかないおっぱいには、母親になることへの苦悩や、子どもへの愛情、そして喜びが詰まっていた。深みのある素晴らしい作品だったこともあり、このまま時代小説から離れてしまうのではないか、という不安を抱えていたのだが、その後も出合茶屋、今でいうところのラブホテルを舞台にした一風変わった場所で働く人たちの物語『れんげ出合茶屋』(双葉社)など、時代小説を出版、その心配はないようだ。
 時代やテーマは違えど、ここまで氏は働く人を描き続けてきた。それは、特別な知られざる職業を題材にするというスタンスではなく、「働くことの意味」さらには「生きること」と向き合うことを作家としてのベースに据えているからなのではないか、と僕は考えている。そんな氏の想いをしっかりと感じることができる作品が、本書『おんな大工お峰 お江戸普請繁盛記』(単行本改題)である。
 幼いころから父親の背に隠れながら作事現場に出入りして大工仕事を覚えた、しんかたかしわ家の娘である十八歳のみねと、三つ下の弟で柏木家の跡取りであるかどさくの、二人の姉弟きようだいを中心とした江戸の大工の姿を描いている。
 書物ばかり読んでいて仕事に身が入らない門作とは違い、大工仕事に打ち込みたい峰は、叔父が見合い話を持ち掛けてきたのをきっかけに家を出て、乳母・よしの夫で、かんよこだいちようで普請仕事の請負や人足の手配を行うきちの家に身を寄せ、おんな大工として自分の腕一本で生きていく道を選ぶ。氏は、大工や職人という男社会の中でおんな大工として歩み出した峰を決して特別な存在として描いてはいない。ここはこれまでの氏の作品と同じスタンスである。女性だからという視点ではなく、峰という人間だからこそ成せる仕事がある。
 男社会の大工の世界で、様々な現場で巻き起こる出来事を通じ、技術だけではなく大工としての心を学んでゆく峰とは対照的に、門作は自分の進むべき道に悩み、迷走し続ける日々を過ごしていた。そんな中、書物を読むことで己の心の内とだけ向き合うことをしてきた門作は、ある出来事を通じ、人のために生きることの大切さを知り、考えを変えてゆくのだった。
 中でも、実の父親から、わんぱく過ぎる息子・かめろうを閉じ込めるためのろうの普請を依頼される第三章「親子亀」が強烈に心に残っている。物心ついた頃から、皆と同じように振る舞い、同じものを目指して生きられないことに苦しむ門作と、自分の感情を抑えることができず、自分を傷つけ命を危険にさらすだけではなく、周囲を巻き込んでしまっていることで苦しみを抱える亀太郎に、大工として峰が示した行動に胸を打たれた。作中、一筋の光をずっと眺めながら生きるのは、真っ暗闇にいるよりずっと酷な時がある。という一文がある。
 まさに、第三章「親子亀」のこの一文に辿たどいた時が、氏を推すと決めた瞬間であり、いわゆる沼に落ちた瞬間だった。
 江戸の町の片隅で行われた普請を通じ、働くことの意味を感じることができる物語だった。この先、峰や門作が大工として、人間として、どのように成長していくのか見届けたい。最後にシリーズ化されることを懇願して解説を終えたい。

作品紹介・あらすじ



おんな大工お峰 お江戸普請繁盛記
著者 泉ゆたか
定価: 858円(本体780円+税)
発売日:2023年03月22日

ほっこり心が温まる、次世代の人情時代小説!
「息子を閉じ込める牢だって?」采配屋の与吉から普請仕事を請け負うおんな大工のお峰に、珍妙な依頼が舞い込んだ。笊職人の亀造の九つになる息子が、腕白を通り過ぎて長屋住人に迷惑をかけ続けており、女房と相談のうえ、家に牢を作る苦渋の決断をしたという。江戸城小普請方の家に生まれるも父を亡くし、大工として生きるお峰がひねり出した、痛快な代案の普請とは? ほっこり心が温かくなる人情時代小説!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322207000243/
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