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レビュー

「火狩りの王」シリーズ本編で活躍した「彼ら」の過去と未来を描く短編集。――『火狩りの王 〈外伝〉野ノ日々』 日向理恵子 文庫巻末解説【解説:池澤春菜】

話題沸騰のファンタジーシリーズ「火狩りの王」の過去と未来を描いたシリーズ外伝!
『火狩りの王 〈外伝〉野ノ日々』 日向理恵子

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

火狩りの王 〈外伝〉野ノ日々』著者: 日向理恵子



『火狩りの王 〈外伝〉野ノ日々』文庫巻末解説

解説
いけざわ はる

 息を詰めるようにして、4冊読み切った。
『火狩りの王』、春ノ火、影ノ火、牙ノ火、星ノ火。登場人物の誰もが痛みを抱え、大きな力にほんろうされながら、一歩一歩、自分の守るもののために、信じるもののために、より良い未来のために、進んでいった。
 そこには魔法のような解決策も、ピンチで見いだす逆転の力も、天から降ってくる助けもなかった。全てを牛耳る悪の親玉などいない。世界がドラスティックに良くなるような解決策などない。救世主もヒーローも天才もいない。
 そう、びっくりするほど、何もなかった。
 そこにいたのは、普通の人たちだった。
 一つの噓も、ごまかしも、ご都合主義もない、しんな戦いだった。
 きっと登場人物たちの痛みと苦しみを作者の日向ひなたさんもまた全て感じ、傍らに寄り添って歩んでいたんだと思う。もしかしたら登場人物たちよりもつらかったかもしれない。だって作者には、あるキャラクターが希望を信じて進んでいたとしても、その先がないことがわかっているから。どれだけ止めたい、その道を歩んで欲しくない、と思っていても、作家は物語の運び手。最後まで書き切るしかない。
 そうして大きな波のようにあらゆる人をみ込みながら進んでいった物語。でも、波に終わりがないように、物語にも終わりはない。わたしたちは動き続ける波の、ある一瞬を切り取って見ていただけだ。
 あのすさまじく大きく、そして美しかった波。その波が残したうねりや余波、置いていったもの、変わってしまった砂浜の形……そういったその後の波を描いたのが、この短編集『〈外伝〉野ノ日々』になる。

 本編を振り返りながら、一つ一つの短編について触れていこうと思う。
「第一話 光る虫」。家族を亡くし、唯一残された祖父も失った天涯孤独の少年ななしゆ。誰もが追い詰められ、他人への優しさなどすり切れてしまった村で唯一「死にぞこない」の七朱を気にかけてくれるのはほたるだけだった。
 ほたるは旅のはじめで、とうとともに回収車に乗っていた厄払いの花嫁の1人だ。生まれ育ったすえものの村の陶土がおかしくなり、占いで機織りの村へとやられた。回収車が惨事に見舞われる前に降りたので、灯子やべにがその後どうなったか、世界の変容に灯子がどんな役割を果たしたか、ほたるはまだ知らない。
 ほたるの他者を慈しみ、癒やそうとする姿勢、おっとりとしなやかで、でもしんの強い姿は、いつも灯子たちを包み込んでくれた。この短編の中でも、行き場のない七朱、深い深い傷を負った灯子にとって大きな救いとなる。
 もう一つ、この短編で描かれる重要なことの一つが、世界は必ずしも良くなってはいない、ということだ。これはのちの「第六話 渦の祭り」でより詳しく書かれるが、ここでは事態を知らない村人たちの目線でより生々しく、生活に根付いたものとして明かされる。
「第二話 入らずの庭」の舞台は物語が始まる前にさかのぼる。学院へ通う裕福な子女、たちは日々にんでいた。退屈な授業、へいそく的な家庭、先行きは暗く未来は重い。限界を試すように危険な遊びに興じる丹百たちがある日手に入れたもの。それに導かれ、地下にあると聞く巨大な居住区へと向かう。
 ラストにきようがくする。火狩りの王の中で、ある意味最も謎めいていた人物、その人を突き動かしていた異様なまでの力、思いの発端がわかるお話。違う選択肢を選んでいたら、丹百とは再会できていたかもしれない。まるで違う姿、生き方になったとしても、もし会えていたのなら、違う結末があったかもしれない。その後の2人の生き方を、つい考えてしまう。
 とばりに閉ざされ、描かれることのなかった神人たちの物語「第三話 花狩り人」。神族によって作り出された人工の星、せんねんすいせいとも呼ばれた〈るる〉。彼女が何故生み出され、天に昇ることになったのか。ゆらひめとこはなひめ、神族の頂点に立つ姉妹姫が抱える、強大な力を持ちながらも滅んでいく世界を前に何もできないもどかしさ。かつとう、裏切り、まんていねん、希望……神族と人は何が違ったのだろう。
 火狩りになる前のあきと、びとの少女ハルニレが出会い、短い旅をする「第四話 欠ける月」。常に傍観者として描かれていた木々人たちの視点で見る世界は、いびつでも美しい。前半の木々人と人間、後半の人間と人間の関係性が呼応するように描かれる。理解すること、共感すること、助け合うことや相手のために力を尽くすことは、同じ種族だからできることなのだろうか? けいの連れた狩り犬、とどろの献身が切ない。
「第五話 ほのほ」。混乱の中でなんとか立ち上がろうとしている首都、そこに残った火穂やこうはどう生きているのか。思いを残したままいなくなってしまった人たちのその後を知ることができる。
 個人的に読んでいて楽しかったのは、猫が出てきたこと。犬派なので、本編でさまざまな犬の勇姿(と、もふもふっぷり)がたんのうできたのはうれしかったけれど、この世界で猫はどうしているのだろう? と気になっていた。やっぱり猫は猫らしく、気ままに自由にしたたかに生き抜いていた。その姿と、しようぞうや煌四をり飛ばしながらりんと生きていく火穂が重なって見えた。
 全六編のうち、時系列的に最も後の話となるのが「渦の祭り」。流れ者の火狩りとして灯子たちを支え、最後まで導いた明楽と思わぬ人物の娘との出会いの話。
 世界の王に選ばれたけれど、今まで通りの生き方を選んだ灯子。灯子の代わりに実質的な王となったが、最後に自分らしい生き方に戻った明楽。それぞれが半生を経て再会したとき、どんなことを話すのだろう。もういない人、会えない人、一人一人の顔や声を思い出していくのだろうか。その時、明楽のひざにてまりがそっと寄り添っていてくれたらいいな。

 全ての話をつなぐのが、人体発火現象というこの物語最大の謎だ。人々の愚かしさの結果、世界がどう壊れていったのか。
 今、わたしたちがいる世界はどうだろう。戻りようのない破滅に向かっていないだろうか。人を燃やすのは、火だけではない。憎しみや偏見、しつ、利己主義、時に強すぎる正義。わたしたち一人一人が持つ滅びの炎のことを考えた。
 日向さんはエッセイの中でこう書いている。

「『火狩りの王』では、絶対悪がいない世界を描きたいという思いがありますが、
それと同時に〝善〟のみのキャラクタもいないように気をつけました。
主人公たちにもそれぞれ、無意識の差別感情があったり、
周りの人が頭を抱えるだろう短所があったり……。
そういう人たちが、一生懸命に大事な人のことを考えながら
ごちゃごちゃと生きている世界を書きたいと念じながらつづりました。」(日向理恵子〈狩りの日記〉④)

 わたしたちも灯子たちと同じように、絶対悪も絶対善もいない、誰もが一生懸命に大事な人のことを考えながらごちゃごちゃと生きている世界にいる。この世界の明日あしたが、闇に閉ざされないように。灯子たちの世界にこれからもっともっと光がともるように。ひとりひとりの心の中に、光の王が生まれるように。
 そう思いながら、本を閉じた。

作品紹介・あらすじ



火狩りの王 〈外伝〉野ノ日々
著者 日向理恵子 イラスト 山田章博
定価: 770円(本体700円+税)
発売日:2023年03月22日

「火狩りの王」シリーズ本編で活躍した「彼ら」の過去と未来を描く短編集。
黒い森に覆われ天然の火が扱えない世界は、ある少女たちの戦いを経て、大きな変化を迎えようとしていた――。森の中の機織りの村では、ある日守り神が突如姿を消し騒然となる。村人は厄払いで嫁いできた娘のせいだと噂するが、村の少年・七朱が偶然手にした手紙には思いがけない事実が記されていて……(「第一話 光る虫」)。話題沸騰のファンタジーシリーズ「火狩りの王」で活躍した「彼ら」の過去と未来を描いた短編に、本編では語られなかった「旧世界」の物語も収録したシリーズ外伝。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204001069/
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