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レビュー

作者の魅力を存分に満喫していただけるようなセレクション――『私の居る場所 小池真理子怪奇譚傑作選』 小池真理子著 東 雅夫編 文庫巻末解説

研ぎ澄まされた恐怖と官能の世界。
『私の居る場所 小池真理子怪奇譚傑作選』 小池真理子著 東 雅夫編

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

私の居る場所 小池真理子怪奇譚傑作選』 小池真理子著 東 雅夫編



『私の居る場所 小池真理子怪奇譚傑作選』文庫巻末解説

解説
ひがし まさ(アンソロジスト/文芸評論家)

 小池真理子による極上の〈怪奇譚〉をあつめたアンソロジー──パート2となる本書『私の居る場所』は、パート1の『ふしぎな話』と同じく、掌篇小説の知る人ぞ知る名手にして、卓越したエッセイストでもある作者の魅力を、存分に満喫していただけるようなセレクションを心がけてみた。
 巻頭には前回同様、全篇の核心を特徴づける達意のエッセイ三篇を、『いとおしい日々』(徳間書店/二〇〇〇)から収めた。写真家のハナブサ・リュウ氏とのコラボレーションにより生まれた特異な詩画集というべき同書を、私は真理子流の『陰翳礼讃』(文豪・谷崎潤一郎の著作で、私のアンソロジー『かわや 文豪ノ怪談ジュニア・セレクション』汐文社刊にも抄出)であると受けとめたのだが、ここに掲出した幽玄な三篇(「その壱 懐かしい場所」所収)には、とりわけその趣が色濃い。
 襖がえんえんと連なる、ふるい日本家屋の構造に特有のほのぐらいんえい……懐かしさと同時に、どこか空怖ろしさをも感じさせずにはおかない風景は、小池作品の愛読者には、すでにおなじみだろう。その片鱗は、パート1に収めた「恋慕」における能登半島の旅宿(ヒロインの叔父が選んだ終焉の地)や「年始客」の合掌造りの旧家にも、歴然だった。怪奇小説ファンならば、筒井康隆の名作「遠い座敷」を想起されるかも知れない。
 続く「幸福の家」「坂の上の家」「私の居る場所」という選りすぐりの短篇小説三篇は、そんな小池流ホラーの核心に位置づけられる〈家〉──自分が生まれ育った慕わしい場所であると同時に、常に不穏さをはらむ異界でもある〈家〉の妖しさを、三者三様に描いて比類がない(そもそも作者による記念すべき長篇ホラー第一作『墓地を見おろす家』からして、紛れもない〈家〉怪談だったではないか!)。
 わけても「幸福の家」は……このあまりにもちよくせつ的な、一見すると何のてらいもないように思えるタイトルが、物語の結末にいたって、一気に音を立てて瓦解する無残なありさまを、初読の際にいやというほど見せつけられ、小池真理子という作家の真の怖ろしさ、作者が無意識に抱く(この現実世界へ向けられた)悪意の烈しさ(もちろん褒め言葉ですぞ!)を、骨身に沁みて味わわされたものだ。
「坂の上の家」には、本物そっくりに造形された〈ドールハウス〉が登場する。古くは英国怪談の名匠M・R・ジェイムズの「呪われた人形の家」から、我が都筑道夫の「人形の家」まで、洋の東西を問わず、このテーマには傑作が多いのだが、小池による最新のドールハウス怪談もまた、それら先達にも増して、怖ろしい。とりわけ私は、次に引く場面に心底、おぞだった……。

 もしかすると、このハウスの中の豆粒ほどの家の中には、さらに小さい、ほこりのようにしか見えない家が座卓の上に載っているのかもしれない。その、埃のように小さい家の中の茶の間の座卓の上には、さらにさらに小さい、顕微鏡でしか見ることのできない家があって……。
 頭のしんがぐらりと揺れて、少し気が遠くなりかけた。変なことを思い出した。昔……大昔、私がまだ小学生だった頃のこと。当時、多くの赤ん坊が飲んでいた粉ミルクがあった。(略)
 缶の表面には、髪の毛を肩のあたりでカールした少女が、同じ粉ミルクの缶を手にして立っている絵がついていた。そしてよく見ると、その、少女が手にしている絵の中の粉ミルクの缶にはやっぱり、同じ少女が粉ミルクの缶を手にした絵がついているのだ。絵の中の缶の、またその絵の中の缶……と宇宙の果てまで、それが続いている。そんなふうに想像すると、めまいがしてきて、怖くなった。

 この無限反復される少女像のげんうんに着目した作家が、実はもうひとり、いる。そう、澁澤龍彥さんだ。

 それはメリー・ミルクという登録商標で、かんのレッテルに、エプロンをかけた女の子が片手に籠をかかえている姿が描かれている。籠のなかに、メリー・ミルクの罐がある。もちろん、この籠のなかのミルクの罐のレッテルにも、同じ女の子が同じ籠をかかえ、その籠のなかに同じメリー・ミルクの罐がはいっている絵が描かれているわけで、以下同様であり、どこまで行っても切りがない。二枚の鏡を向き合わせたように、イメージはどこまでも小さくなるばかりで、無限に繰り返されるのだ。
 この目の前のテーブルの上のミルクの罐のレッテルに、小さな小さなメリーさんが無限に連続して畳みこまれているのかと思うと、私は何か、深淵に吸いこまれてゆくような気がしたものであった。私はしばしば食事を忘れて、じっとメリーさんを見つめることがあった。(澁澤龍彥『玩物草紙』所収「反対日の丸」より)

 かたや戦前の、かたや戦後日本の食卓に、なにげなく置かれたミルク缶に、じっと目を凝らし、〈永遠〉というものの怖ろしさや不思議さに思いをせる両作家……その相通ずる姿には、なにやら微笑ましいものすら、感じられるではないか!
 さて、本書のタイトル・ロールに選ばれた「私の居る場所」については、以前私が雑誌「幻想文学」の新刊インタビューで『水無月の墓』を採りあげた際、作者御自身から直接おうかがいした、取っておきのネタを、ここに御披露しておきたい。

小池 「私の居る場所」一本だけは母の体験をもとに造り上げた話なんですよ。前のインタビュー(引用者註 小学館文庫版『ホラーを書く!』参照)でもお話ししたんですが、私の母はかなり霊感が強くて、いわゆる狐にだまされたというような瞬間が若い頃にあったらしいんです。その簡単な不思議な話をもとに書き上げたんですけれども、雑誌の掲載時にそれを母が読んで、「なんだか気持ち悪いわね」って言うのね。「どうして」って聞いたら、異界から現実に戻るときに、頭の中に古いラジオが入ってて、そのスイッチがバチンと切れるような音が実際にしたと。それは私は母からは聞いていないんですよ。母も、どう表現したらいいのか、その感覚を言葉にできなかったから言わなかったけれども、まさにそうだったと言うんですね。それを聞いて作者である私自身、ちょっとゾッとしたという後日談のある話なんですけれども。(「幻想文学」第四十七号掲載「小池真理子 言葉で紡いだ異界の光景──新・一書一会『水無月の墓』をめぐって」より)

 すでに同篇をお読みの方には言わずもがな、だろうが、「私の居る場所」は本書収録作の中で唯一、異界に放置される恐怖を描いた作品でもある。いわゆる〈神隠し〉にった当事者のなまなましい体験談とでも言えばよいのか……たとえば、柳田國男『遠野物語』などにも登場する、異界に行きっぱなしになるたぐいの話なのだ。その現世と異界が切り替わる決定的な瞬間を、母親の体験談を超えて、作者自身が描き出していたとは……(作者の御母堂の不思議な実体験については、パート1の『ふしぎな話』冒頭に収めた「霊の話」ほかのエッセイ群にも、語られていることを申し添えておこう)。

 さて、本書の後半には、墓地(「千年烈日」)、恋人(「妖かし」)、猫(「灰色の猫」「石榴ざくろの木の下」「一角獣」)、犬(「囚われて」)など、作者が愛してやまないモノたちを主題とする、妖しき掌篇群を集結させてみた。
 すでにパート1の編者解説でも引用した掌篇小説集『午後のロマネスク』の「短いあとがきにかえて」から、ふたたび引かせていただくと──

 それにしても、「掌」という言葉は、いかにも美しい。掌には何をのせるのだろう。(略)
 のせるものは、目立たない小さなものばかりだが、いとおしいもの、ひそかに心かれるものばかりであるような気がするのは私だけか。

 果たして〈墓地〉や〈恋人〉まで、この定義に含めてしまってよいものか……いささか心許ないけれども、〈いとおしいもの〉〈密かに心惹かれるもの〉という作者の規定には当てまる気がするので、敢えて加えてみた次第である。
 嗚呼それにしても……「囚われて」の意想外の展開、とりわけ「ぼろぼろになって首が取れかけたイグアナのぬいぐるみを抱きしめてね」という、真に衝撃的な結語たるや! 全篇を通じての一大号泣篇であることは、と小動物を愛してやまない(たとえば〈すみっコぐらし〉を愛好するような!?)同好の諸賢には、こっそり御賛同いただけるものと編者は信じている。
 そしてまた、「囚われて」のヒロインのどうこくは、そのまま続く恐怖短篇「カーディガン」に待ち受ける、思いもよらない展開の序幕ともなっているのだ。最後まで生死不明なカーディガンの所有者、このうえなくハート・ウォーミングで、居心地のよい私の〈居場所〉……〈家〉をめぐる、この怖ろしくも哀切な物語集の最後尾に置かれるにふさわしい、謎めいた愛憎のなかばする作品といえよう。
 これまた作者にとって熱愛の対象たる〈三島由紀夫〉を熱く語り、直木賞受賞作誕生の奇瑞をつづり、「しんと静かで穏やか」なバード・セメタリー(軽井沢の別荘地にある御自宅裏庭に設けられた「野鳥の墓所」。作者にとって、三島に劣らず熱愛の対象であり、ホラー執筆にあたって大きな影響をうけたともいうスティーヴン・キングの名作『ペット・セマタリー』直系というべき、独特な造語である)でせいひつに幕を閉じる、巻末のエッセイ三作……ちりばめられたパズルの欠片かけらが、「バチンと」音たてて納まるアンソロジストならではの快感に、編者はいま、打ち震えているところだ。

作品紹介・あらすじ
『私の居る場所 小池真理子怪奇譚傑作選』



私の居る場所 小池真理子怪奇譚傑作選
著者 小池 真理子編者 東 雅夫
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年03月23日

研ぎ澄まされた恐怖と官能の世界。
亡き母が作った精巧なドールハウスに隠されたあることに気づいた瞬間、世界が反転する「坂の上の家」。嫉妬深い夫の束縛に抵抗できない妻の秘密――意外な展開に震撼する「囚われて」。自分以外誰もいない“日常”に迷い込んだ女性の奇妙な心の動きを描く表題作など小説ほか、敬愛する三島由紀夫の美学、軽井沢の森に眠る動物の気配など、生と死に思いを馳せるエッセイを収録。耽美で研ぎ澄まされた恐怖世界に浸れるアンソロジー。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000574/
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