新訳『ポー傑作選』2ヶ月連続刊行記念!
エドガー・アラン・ポーの謎に迫る解説 第3回【全5回連載】
河合祥一郎による、エドガー・アラン・ポー新訳『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』が先月に発売されました。また3月23日(水)に『ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人』も発売されます。
これを記念して、文庫巻末に収録されている「作品解題」や人物伝、そして、研究者やファンの間で長年にわたり解明されてこなかった、ポーの奇怪な死の謎に迫る解説を一部抜粋して、全5回の連載でご紹介します。
第3回はゴシックホラーの代表作「アッシャー家の崩壊」について。ポーお得意の虚構内虚構が描かれます。初版と改訂版の違いについてもご紹介します。
ぜひ本選びにお役立て下さい。
▼第1回はこちら
https://kadobun.jp/reviews/entry-45425.html
▼第2回はこちら
https://kadobun.jp/reviews/entry-45426.html
「アッシャー家の崩壊」“The Fall of the House of Usher”(1839)
(『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』文庫巻末)
解説
河合祥一郎
ゴシック小説の代表作。初出は、一八三九年九月発行の『バートンズ・ジェントルマンズ・マガジン』誌上。
エピグラフは、ポーと同時代のフランスの
作中の詩「呪われた館(The Haunted Palace)」はネイサン・ブルックスの雑誌『アメリカン・ミュージアム・オブ・サイエンス・リタラチャー・アンド・ザ・アーツ』(一八三九年四月)にポーが発表したもので、本作の初版には既に組み込まれている。
アッシャーの人物像は、ゴシック小説の伝統に
181ページの原注にある「ワトソン」と「ランダーフ主教」は同一人物であり、そこに挙げられた書籍 Chemical Essays, 5 vols(London: Evans, 1789)の著者ケンブリッジ大学教授リチャード・ワトソン(一七三七~一八一六)は、二十七歳で化学の教授に、三十四歳で神学の教授になり、その後教会の職に就いて一七八二年にランダーフ主教となって死ぬまでその地位にあった。この『化学論集』第五巻では植物に知覚機能があるかどうかを、花を太陽のほうに向けるヘリオトロープや瞬時に葉を動かすハエトリグサを例に論じている(一三八~四三ページ)。英国の医師トマス・パーシヴァル(一七四〇~一八〇四)は『植物の知覚力についての考察』(一七八五)の著者。パヴィア大学の博物学教授ラザロ・スパランツァーニ(一七二九~九九)の『動植物博物誌』(英語初版一七八四、第二版一八〇三)は主要な大学図書館には必ず所蔵されている重要文献。
以上のように、本作にさまざまに引用される著作はほとんど本物だが、そのなかにこっそりポーがまぜこんだニセモノがある。最後に劇的な役割を担うサー・ラーンスロット・キャニングの『狂乱の会合』がそれだ。主人公の名「エセルレッド」はスコットの『アイヴァンホー』から借りてきたものだろう。物語のクライマックスとぴたりと合わせるためには、物語の虚構性と一体化している必要があったが、いかにもそれらしい虚構内虚構を作るのだから流石ポーである。ちなみに虚構内虚構はポーのお得意とも言えるかもしれない。
アッシャー兄妹は外見もそっくりの双子に設定されており、174ページにある「彼女を見たとき、私はびくっとして仰天した──が、その
後代に与えた影響は甚大であり、さまざまに翻案されている。オペラ化では、ドビュッシーが一九〇八~一七年に作曲を試みたが未完。その他のオペラには、ゴードン・ゲティ作曲(二〇一四)、ピーター・ハミル作曲(一九九一)、フィリップ・グラス作曲(一九八八)などがある。映画化は数えきれない。やや新しいものを少し挙げておくと、デイヴィッド・デコトー監督映画(二〇〇八)、ヘイリー・クローク監督映画(二〇〇七)、ケン・ラッセル監督映画(二〇〇二)、ジェス・フランコ監督映画(フランス、一九八八)など。音楽では、アラン・パーソンズとエリック・ウルフソン率いるアラン・パーソンズ・プロジェクトがリリースしたアルバム『怪奇と幻想の世界──エドガー・アラン・ポーの世界』(一九七六)には、「アッシャー家の崩壊」のほか「
なお、「各種の幻想文学論を満足させる「キーワード」がほとんど全部と言っていいほど
(第4回「世界初の推理小説「モルグ街の殺人」! 既訳では訳されてこなかった道筋」、第5回「未解明だった、ポーの奇怪な死の謎に迫る!」は3/27(月)に公開されます)
作品紹介
ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫
著 エドガー・アラン・ポー
訳 河合祥一郎
定価 836円(本体760円+税)
この猫が怖くてたまらない――戦慄の復讐譚「黒猫」を含む傑作14編!新訳
おとなしい動物愛好家の「私」は、酒に溺れすっかり人が変わり、可愛がっていた黒猫を虐め殺してしまう。やがて妻も手にかけ、遺体を地下室に隠すが…。戦慄の復讐譚「黒猫」他「アッシャー家の崩壊」「ウィリアム・ウィルソン」「赤き死の仮面」といった傑作ゴシックホラーや代表的詩「大鴉」など14編を収録。英米文学研究の第一人者である訳者による解説やポー人物伝、年譜も掲載。
あらゆる文学を進化させた、世紀の天才ポーの怪異の世界を堪能できる新訳・傑作選!
●傑作ゴシックホラー+詩
赤き死の仮面 The Masque of the Red Death (1842)
ウィリアム・ウィルソン William Wilson (1839)
落とし穴と振り子 The Pit and the Pendulum (1842)
大鴉(詩)The Raven (1845)
黒猫 The Black Cat (1843)
メエルシュトレエムに呑まれて A Descent into the Maelstrom (1841)
ユーラリー(詩) Eulalie (1845)
モレラ Morella (1835)
アモンティリャードの酒樽 The Cask of Amontillado (1846)
アッシャー家の崩壊 The Fall of the House of Usher (1839)
早すぎた埋葬 The Premature Burial (1844)
ヘレンへ(詩) To Helen (1831)
リジーア Ligeia (1838)
跳び蛙 Hop-Frog (1849)
作品解題
数奇なるポーの生涯
ポー年譜
訳者あとがき
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000043/
amazonページはこちら