文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『カラスの祈り 警視庁53教場』文庫巻末解説
解説
新井 素子(作家)
「警視庁53教場」シリーズって、とっても
それと同時に、教場部分も丹念に描かれていて、こっちはもう青春小説。生徒達は色々な意味で成長し、ほんとに読んでて気持ちいい。しかも、五味が愛
これだけでも
更に教官の五味と、助教官の
更に加えて、現職の警官であり、教場外で起きる事件に関与している
これらの要素が、
今までの処、どこから読んでも大丈夫。面白い。
お勧めです。
でも。とはいうものの。
今回だけは、前巻、『正義の翼』を読んでから読んで欲しいと思う。(一巻から読むのが、
ミステリだもん、ネタバレしちゃいけないもん、だから詳しくは書けないんだけれど。
『正義の翼』を読んだ方、みなさん、思ったんじゃないかな。
え。こんなことしちゃって大丈夫なの? いや、五味だったら、こういう展開なら、こういう決断を下すよね。そう思いながらも……これ、本当に大丈夫なのか、どう考えてもこりゃ大丈夫じゃないでしょうってな処で前巻が終わり、そして、今回、『カラスの祈り』が始まる。
☆
……あああ、大丈夫じゃなかった。
読み出した瞬間、そう思った。
五味教官……かつて、あんなにきらきらしていた、自分の生徒への思いが、今回のスタート時にはまったく感じられなくなってる。あの〝きらきら〟が、全然ないー。まるで仕事で教官やってるみたいだ。(いや、仕事で教官やってるんですけどね。でも、かつての五味には、仕事を上回る、なんか〝きらきら〟があったのに。)こんなの53教場じゃないー。
しかも。何故か(この理由は読んでゆくと判るんだが)、家族関係も駄目になってる。新婚の
過去の53教場の卒業者達も出てきて、みんなが、五味を助けようとしてくれる。このエピソードはとっても素敵なんだけれどね、肝心の五味が。あああ、駄目だよー。本人は疲れてるって思ってるだけなんだけれど、そしてそれは事実なんだけれど、同時に、それ以上に。
壊れているよー、五味教官。
やっぱ、『正義の翼』のラストが無理だったんだ。あんなこと、やっちゃいけなかったんだ。『正義の翼』のラストで、五味は無理を通してしまったんだけれど、無理を通したからって道理はひっこんでくれず、結果として五味の無理が続き……過労は、人間を、壊します。
考えてみれば、警察学校の教官って、それだけでかなりの激務だ。五味は、これをやりながら、通してしまった無理を何とかする為、本来なら必要なかった作業をしなければならない。
それに。これ、前にどっかで読んで驚いたんだけれど、人間がどんな時にストレスを感じるかって、「肉親の死」とか、「配偶者との離別」みたいなネガティブなものだけじゃなく、「結婚」とか「新居の建築」とか、明らかにポジティブなものであっても、環境が激変すると、それってストレス要因になるらしい。そういう意味では、この状況下で結婚するって、これだけでも疲労
その上。世の中には〝悪循環〟という言葉がある。
五味が疲れていて、教場の運営にちゃんと対処ができず、生徒達の訴えに耳を貸す時間がなくなれば、当然、教場では問題が発生する。
新婚の妻や、五味教場の過去の教え子達が、五味が通してしまった無理を何とかしようと、五味の作業をサポートしてくれる。でも、五味には(特に新婚の妻を)、
問題が発生する度に、五味の時間はどんどん削られてゆく。ついには自律神経失調症で倒れたりもする。でも、仕事は減ってくれない。それをおして何とか業務を続ければ続ける程、教場部分でも家庭部分でも、更に様々な問題が起こり、そしてそれは更に五味を圧迫してゆく。いや、これ、絵に描いたような〝悪循環〟。
と、このままでは。
とても無残なお話になってしまいそうな処をすくい上げるきっかけになったのが、五味の、過去だ。
☆
もともと五味は、警察学校の教官ではなかった。一巻では五味、警視庁捜査一課の敏腕刑事で、将来を嘱望されていたのだ。ま、言い方は悪いけど、刑事の中の刑事、エリート中のエリート。でも、ここで五味、現職の警察官が関与する、いわば警察にとって不祥事にあたる事件を解決してしまう。いや、解決したのはいいんだけれど、その事件をもみ消そうとする上層部に逆らい、それを公にしてしまう。その結果、一種の懲罰人事として、警察学校に配属された。(という過去と、人脈があるので、このシリーズ、警察学校の外で起こっている事件とリンクすることができるのだ。)
ところが、警察学校に配属された五味、〝警察学校の教官〟という仕事に、〝生きがい〟を感じてしまう。確かに五味って、
でも。
どんなに教官に向いていたとしても、基本、五味は、刑事だ。
だから。今回。
あっちもこっちも行き詰まり、もうどうしていいか判らなくなった五味は、本当にどうしようもなくなって暴走した挙げ句、ふいに気がついたのだ。「犯人の反応には、変な処がある」。
これ……この時の五味の立場からすれば、本当にどうでもいいことだったんだと思うんだ。行き詰まっている以上、過去の事件の犯人にどっかおかしい処があっても、それ、どうでもいいじゃん。今、それどころじゃないじゃん。
でも、これに気がついてしまうのが、〝刑事〟の視点。気づいてしまった以上、それを追求してしまうのが、刑事ってもの。
だが、その関係者は五味の教え子で……。
ここから、刑事の視点を持ちつつ、五味は、教官の視点になる。教官である以上、五味がやることは、まず、自分の教え子に寄り添うことだ。利害関係おいといて、何かあった時、まず、自分の教え子に寄り添ってしまう。だから五味は〝きらきらしている〟教官なんだし、これをやった結果……。
☆
お話が硬直してしまった時、悪循環に陥った挙げ句、とても
でも、吉川英梨はそれをしなかった。
五味に、刑事として、過去の事件の疑問点を見つけさせる。
五味を、教官として、教え子に寄り添わせる。
これで、するするとはまったくいかないものの、よたよたと、ずるずると、壊れてしまった五味が治ってゆく、それを描いてゆくのだ。
この道程は、よたよた、ずるずる、情けないけど、情けないからこそ、なんか
そして、最終的に。
……。
…………。
………………。
ラスト、私が好きだった、あの53教場が、帰ってきてくれた。
☆
このお話で。
53教場シリーズは、ある意味で一つの区切りがつき、次の展開に臨むんじゃないかなって思う。
そして私は、次の展開が、とても楽しみだ。
吉川さん。
待っておりますので、どうか次のお話を、なるたけ早く、私に読ませてください。
作品紹介
カラスの祈り 警視庁53教場
著者 吉川 英梨
定価: 836円(本体760円+税)
使われていない男子寮から奇妙な物音が……人気シリーズ第5弾!
捜査一課の転属を断り警察学校に残った五味は、窮地に立たされていた。元凶は一昨年に卒業を認めなかった“あの男”――。信念を貫き通した結果ではあったが、家庭でも教場でも綻びが生じ始めていた。解決策を見出せずにいる中、法務省矯正局から特任教授の赤木が着任する。彼女の働きかけによって状況は少しずつ動き出すが……。53教場最大のピンチに歴代卒業生も全員集合! 驚愕の結末に息を呑む、人気シリーズ第5弾。
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