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レビュー

『殺意の対談』元お笑い芸人が書いた、毒も笑いもたっぷりのミステリ!

【この解説では一部内容の深層に触れています。物語を読了後にお目通しください】

 お笑い芸人と小説といえば、まず脳裏に浮かぶのは又吉直樹『火花』。もともと文学好きとして知られた又吉ゆえに、初の中篇小説である『火花』が雑誌掲載時から話題を呼んだのは当然としても、その後芥川賞を取ったあげくに累計三〇〇万部を超える大ベストセラーになろうとは、業界関係者も想像していなかったのではないだろうか。
 しかし考えてみれば、お笑い芸人の小説作品が話題になるのはこれが初めてではない。ビートたけし『浅草キッド』を始め、小説に手を染める有名どころも少なくなく、劇団ひとり『陰日向に咲く』のように、ミリオンセラーを記録する作品もすでに現れている。
 お笑い芸人も小説作家も、物語を紡ぎ出すという点では共通している。芸人のネタは短めなものが多いから、小説のほうも短篇向きと思われがちだが、なかなかどうして長編にも有望株が登場しているのである。

 本書の著者、藤崎翔もそのひとりだが、正確にいうと、元・芸人。
 一九八五年、茨城県に生まれた藤崎は、高校卒業後お笑い芸人を志して上京、「セーフティ番頭」というコンビを組んで舞台に立つもののなかなか芽が出ず、二〇一〇年に解散、いったんは堅気となる。だが、好きなことをして儲けたいという夢は捨てきれず、紙とペンさえあれば出来る作家を目指して修業再開。幸い、ネタ作りの勉強もあって、芸人時代から小説は読んでいた。短篇から始めて文学賞にも応募、その中で手応えがあったのがミステリーであった。
 

 かくして二〇一四年、第三四回横溝正史ミステリ大賞に応募した『神様の裏の顔』(原題『神様のもう一つの顔』)が見事大賞をゲット、作家デビューを果たす。
 その内容は、周囲から神のように慕われていた老教師が死去、その葬儀が執り行われる。通夜に集まった関係者が思い出を語り合うが、次第に思いも寄らぬ故人の顔が浮かび上がってくる、というもの。一見ありがちな設定だが、軽妙なタッチでブラックなスパイスも効いており、後半には鋭いヒネリ技も決まっている。緩急自在に読者を物語世界に引きずり込んでいくその作法はあっぱれなストーリーテラーぶりといえようが、そこにはお笑い芸のネタ作りで培われたものもあろう。

 藤崎スタイルは長篇第二作の本書『殺意の対談』(『私情対談』改題)でも遺憾なく発揮されている。目次を見ると、様々な雑誌名が並んでいて、そこで行われた“誌上対談”を収めた短篇集であるかのように思われる。実際、冒頭の「月刊エンタメブーム」9月号をのぞいてみると、女優・井出夏希と作家・山中怜子の対談仕立てになっているのだが、読み始めてすぐわかるように(本書冒頭の著者の断り書きにもあるように)、出席者の言葉の後に発言者の“私情”――心の中のつぶやきまで記されているのだ!

 日常生活においては、人間誰しもホンネとタテマエを使い分けるもの。しかし表向き丁寧な言葉ほど、その裏には辛辣な真情が隠されていたりする。井出夏希と山中怜子の場合もその典型であるが、ホンネとタテマエを並行して記し、そのギャップで読ませる手法はすでに確立されているし、これまでにもなかったわけではない。このふたりの対談も、ああその手なんだなと思わせられるが、単なるホンネとタテマエのギャップだけではすまない真実まで明かされていく。ミステリー趣向が炸裂すると同時に、私情描写も長くなり、黒みを増していくのだ。

 女同士のやり取りともなれば、嫌ミス度もぐんと跳ね上がるというものだが、次章の「SPORTY」ゴールデンウィーク特大号は、一転してサッカーJリーグ――J1のペラザーナ船橋で不動のツートップを組む上田諒平と水沢祐介の対談。日本代表のFWのポジションを争っているこのふたり、一見能天気のようにも思われるが、その裏ではやはり熾烈な戦いを繰り広げていた。ただし、こちらはスポーツ以外はあまり頭が回らないというプロ選手にもありがちな軽薄さ(失礼!)が随所に立ち現れ、思わず爆笑する箇所もあり。いっぽうヒネリ技のほうはきちんと決まっており、特にラストには笑わされると同時にぞくりともさせられること請け合い。

 第三章「月刊ヒットメーカー」10月号は人気ロックバンドSMLのインタビュー記事だ。ギターLICKとベースMAKOTOに紅一点のボーカルSHIORIの三人組は、個性はそれぞれ異なるものの抜群のチームワークでのし上がってきた。その関係にはだが、SHIORIしか知らない秘密が隠されていた、というわけで、前二章のようにふたりの対立的な関係性を浮かび上がらせる記事とはひと味異なる展開になっている。こういう手もあるかと思っていると、終盤には暗号趣向まで飛び出し、驚かされる。けだし、著者のサービス精神のなせる技であろう。

 続く「テレビマニア」9月10日~9月23日号も三者対談もので、連続ドラマ『花ムコは十代目』の出演者、大竹俊也、江本莉奈、土門徹が集合。だがのっけから大竹と江本がデキており、それを醜男の悪役・土門が妬ましく思っているという関係が明かされる。大竹と江本が陰でイチャイチャしているところへ土門が茶々を入れるというやり取りには笑わされるが、シリアスな章の後にはおバカな章かと思っていると、大竹の醜悪な素顔がさらされたのち、土門、江本の秘密まで明かされ、これまで以上の緊迫感に満ちた展開へと転じていく。

 第三章では、第二章のペラザーナ船橋のふたりの悲劇的な後日譚がさりげなく挿入されていて、各章が別々なのではなく、連作仕立てになっているらしいことが明かされているが、この第四章ではそうした人と人とのつながりが前面に押し出されてくる。しかもただつながっているのではなく、爆発に向けて導火線に点火されたような切迫感を帯びているのだ。対立するふたりの対談形式が続くのかと思いきや、中盤以降はそのスタイルを踏襲しながらも、問題を抱えた主要人物たちのバトルロイヤルがメインになっていく。
 しかも、第五章「週刊スクープジャーナル」11月23日号掲載予定原稿では、各対談のまとめ役であった女性ライターまでそれに巻き込まれるとは、まさに予想だにしない展開。そこでは謎がまた謎を呼ぶ仕組みにもなっていて、第一章の山中怜子が再登場する最終章は冒頭から目が離せない。錯綜する人間関係がクリアになるとともに、ノワールな犯罪ミステリーとしての素顔がさらけ出されていく過程はスリリングのひと言だ。

 著者のミステリー修業は松本清張に始まり、筒井康隆にはまって全集を読み込んだのだとか。なるほど清張ばりのノワールなタッチや筒井譲りのユーモア演出に、ヒネリを効かせた独自の物語構成の妙が加われば鬼に金棒。第二作で早くも藤崎スタイルが確立されたようにも思われるが、それというのもベーシックな描写力があったればこそ。
 本書には芸能人、作家、スポーツ選手、ミュージシャン、記者等様々な職業人が登場する。その人物像はもとより、それぞれの仕事のノウハウや道具立てがきっちり描き込まれていないとリアリティも生まれてこない。現代小説は紙とペンだけでは書けない。ときには背景や人物取材も必要になってくる。その点新人作家は大変だろうが、著者はそこもきっちりこなしているように思われる。出版界やかつて自分が所属していた芸能界はともかく、第二章のプロサッカー選手の使用する器具やトレーニング法等聞かなければわからないだろう業界の細部も巧みに活かされているのである。

 デビュー作は「たいへん達者な作品で、面白く読んだ。くすっと笑わせる絶妙なユーモアのセンスがあり、サービス精神に溢れている」((C) 恩田陸)等、選考委員からも絶賛されたが、してみると著者の小説力はそこからさらに磨きがかかっているというべきか。
 著者は本書ののち、殉職したベテラン刑事が赤ん坊に生まれ変わって事件に挑む長篇第三作『こんにちは刑事ちゃん』(中公文庫)、主人公がいつも犯人を追いつめながら肝心なところで手柄を同僚に奪われてしまう連作集『おしい刑事』(ポプラ文庫)を発表、独自のユーモア・ミステリー路線を歩み続けている。並みのユーモアものと異なるのは、お笑い芸人仕込みの毒もあるミステリー芸である。著者いわく、「固定した芸風じゃなく、次に何をしてくるかわからないようなヤツになりたいですね」(「MANTANWEB」二〇一四年一〇月一二日)。今後の活躍からますます目が離せない。


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