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レビュー

『黙示録』挑み続けてきた作家の、さらなる進化を見届けよ! 二人の天才が激動の世を鮮やかに駆け抜ける。

 池上永一は、不変と進化を共に持ち合わせた作家だ。
 神様のお告げでユタ(巫女)になれと命ぜられた十九歳のヒロイン・綾乃が「ワジワジーッ(不愉快だわーっ、イライラするわーっ)」と抵抗しつつも、ユタとして成長していくさまを描き、第六回日本ファンタジーノベル大賞を受賞したデビュー作『バガージマヌパナス――わが島のはなし』。
 二二八年も前からマブイ(魂)だけの身となって島を彷徨う盲目の美女・ピシャーマと、少年・武志の淡い恋を縦糸に、神事をおろそかにしたせいで危急存亡の秋を迎えつつある石垣島の一大事を横糸に織り上げた、壮大にしてコミカルなファンタジー『風車祭』。
 アジアの要である沖縄本島を舞台に、ウチナンチューと外国人の血を継ぐアメレジアンの少女・デニスが、世界規模の秘密結社の陰謀を阻止するまでを、沖縄の神話やアメリカのアジア戦略、基地問題、キリスト教の異端思想などを盛りこんで描いたSF『レキオス』。

 強い呪力を持った産婆のオバァから「アンマー・クートー・ターガン・ンダン(母親以外は誰も見ない)」というまじないをかけられてしまった、生まれたばかりの息子を救うために、最終的には文明の起点の謎にまで迫る勢いの冒険と戦いに挑む未婚の母を主人公にした『夏化粧』。
 女性には許されない学問への憧れを諦めきれず、跡継ぎである兄の失踪を機に宦官・孫寧温を名乗り、超難関の科試に合格。王府の役人として異例の出世を遂げていく少女・真鶴の八面六臂にして破天荒な活躍を、十九世紀、薩摩と清国の支配の狭間で揺れ動き、近代化の波押し寄せる琉球王朝末期を背景に描いて、ドラマ化や映画化もされた『テンペスト』。その外伝的役割を果たす連作短篇集『トロイメライ』。

 池上永一はデビュー以来、ほとんどの作品で、神話や神事、古事を織りこんだ物語で琉球の魂を描き続けている、不変の作家なのだ。さかのぼること十五年前にインタビューした折、池上は自分のことを「何かに書かされている」「物語が降りてくる」タイプの小説家であり、「時速一六五㎞の剛速球をバックネットにめり込ませたい」という気持ちで書いていると語ってくれた。「いざ物語が降りてくれば寝食を忘れ、ぶっ倒れるまで書き続けてしまう」。そんな一作入魂の執筆姿勢もまた不変であることは、二十三年間で十二タイトルという作品数の少なさと、それぞれの小説のクオリティの高さが証明していると思う。
 そして、進化のほうを証明するのが、この『黙示録』なのである。

 時代は『テンペスト』をさらにさかのぼった十八世紀。ニンブチャー(念仏者)と呼ばれる賤民が住む村に生まれ、しかし、母親が天刑病にかかったクンチャー(病人)になってしまったゆえにそこからすら石もて追われてしまった少年・蘇了泉が、王府で踊奉行を務める石羅吾に素質を認められるシークエンスから、この物語は滑り出す。自分より若く才能に溢れる同僚の玉城里之子によって否定されてしまった己が作品を守るため、「儂の魂を伝えてくれる舞踊家を育てよう」と思い定めている石羅吾に、琉球における理の体現者「太陽しろ」である首里天加那志(王)と一対となる、気の体現者「月しろ」たる踊り手になることを求められる了泉。

 折しも、弱冠三十三歳の若さで新国王の後ろ盾である国師に任ぜられた蔡温が、第十三代国王・尚敬王の即位に合わせて、謝恩使を江戸に派遣するという布令を出す。琉球を、芸術で世界と戦える文化一等国にしたいという念願を持つ蔡温もまた、王の代理人として諸外国に威光を見せつけるにちがいない月しろを求めており、将軍の前で琉球舞踊を披露する楽童子の選抜試験に望みをかけていた。
 その試験で了泉が出会うのが、永遠のライバルとなる雲胡。自由奔放で野性的、型よりも心が先走る天然系の天才である了泉に対し、玉城里之子の弟子・雲胡は眉目秀麗で努力型の天才。一体、どちらが真の月しろなのか――。まったく異なる資質の両者が、それぞれの舞で切磋琢磨し、天賦の才を高めていく過程は、この長い物語の重要な柱のひとつになっている。

 薩摩から大坂、そして江戸へ。楽童子に選ばれた了泉と雲胡の一年間にわたる成長一途の経験と、異国でのさまざまな出会いを綴った前半部。功成り名を遂げた二人の帰国後の歩みを描いた、栄光と失意と転落と成就をめぐる後半部。「月しろは悲しみを纏って生きていくのです。王子様が陽の世界で生きていくために、月しろにはこの世の地獄を味わってもらいましょう。それが琉球の繁栄に繫がるはずです」という蔡温の言葉をなぞるように、二人の天才は高低差の激しい半生を生きることになるのだ。
 たくさんのエピソードが次から次へと放たれる怒濤の展開は、まさに「時速一六五㎞の剛速球」然としており、喜怒哀楽がめまぐるしく入れ替わる語り口は、この小説中そこかしこに引用されている琉球舞踊の歌詞や詩文のように変幻自在で、読み始めたらやめられない物語になっている。でも、それはこれまでの作品と変わらない美点だ。

 わたしが感じ入ったのは、どちらかといえば賑やか一辺倒に傾きがちだったこれまでの作品とはちがって、『黙示録』では「静」の要素が際立っていることなのである。それは、おそらくこの物語のモチーフが琉球舞踊にあるからだ。幾度も繰り返される了泉と雲胡の対決。そこで活き活きと描写される両者の踊り。手足の指の先、その先にまで神経を行き届かせ、踊りの相手だけでなく、観衆の息づかいや気配まで鋭敏に受け止めながらの舞。一見動いていない「静」の所作ゆえに生まれるダイナミックな「動」。そうした琉球舞踊の魂が、物語全体に敷衍しているのが『黙示録』という小説なのではないだろうか。

 その仕掛けは、キャラクターの動向の描き方にも進化を促している。これまで池上永一は、どの作品にも個性的なコメディアンや常軌を逸して異常な性癖の持ち主を脇役として登場させ、笑いを生んだり、度肝を抜いてきたのだけれど、「物語が降りてくる」作家ゆえなのか、特異なキャラクターの本筋から逸脱するほどの暴走を許してしまう傾向があった。個人的な好みから言えば、わたしは実はそうした破綻を喜んでいたクチなのだけれど、小説としてはやはり瑕瑾となっていたと思う。さて、この小説にも前半早々とんでもない怪物が登場する。しかし、既作とはちがって、コントロールできる範囲内で思う存分暴れさせるという、いわばコーナーぎりぎりを狙った時速一五〇㎞の投球で打ち取る的な筆致になっているのだ。

 もうひとつの進化要素が、史実の扱い。『テンペスト』でも王印紛失という一大事が重要なエピソードとして機能していたけれど、『黙示録』はかなりの部分を史実に拠っている。実学と風水学によく学び、同時代を生きたアダム・スミスの『国富論』に比する『図治要伝』を記し、琉球王国の構造改革に挑んだ国師の蔡温、琉球の新しい芸術「組踊」を作り上げた玉城里之子(後年、朝薫と改名)、史上最年少で任官し、史上最年少で死去した第七代将軍・徳川家継と、その側近であった新井白石並びに間部詮房、康熙帝に仕え、琉球王国に冊封副史として赴き、その八ヶ月間の滞在の印象を『中山傳信錄』としてまとめた徐葆光といった実在の人物を配し、史実を有効に活用することで、虚構の世界に奥行きを与えることに成功しているのだ。

「雲胡は創作の始まりは未分化の熱だと思う。言葉が連なって文章になるのではなく、ある激情ともいえる熱が体から噴出する過程で言葉に変わる」という作中の文章は、池上永一の創作の不変の原点を示していると、わたしは思う。その変わらぬ美点に、キャリアごとに積み重なっていく進化の技術点が加わったのが、この、素晴らしいビルドゥングスロマンにして芸術小説、『黙示録』なのである。


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