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レビュー

万能の天才が遺したノートに描かれていたものは!?夢とロマンと希望の扉を開く冒険文学『レオナルドの扉』

 記憶にある「人生でいちばん最初に読んだ本」は、グリム童話の絵本でした。「赤ずきん」「白雪姫」「オオカミと七ひきのこやぎ」「ヘンゼルとグレーテル」「シンデレラ」。厚手の表紙をめくると、そこには見たこともないドレスという服を着て、お城に住んでいるお姫さまなる女の子がいて、言葉をしゃべる動物たちが賑やかに暮らしている。自分が毎日過ごしている場所とは違う世界を、自分とは違う誰かの気持ちになって生きる=感情移入する楽しさ(悲しさも!)を、絵本から教わったことを今でもよく覚えています。
 少し大きくなって、文字だけの本を読むようになると、頭のなかにその景色を思い浮かべ、この後どうなったのかな、などと想像する愉しさを知りました。でも、いつからでしょう。本を読むことが当たり前になり、すっかり大人になった今では、そうした感動も薄れがちで、重箱の隅をつつくような感想が先立つようになってしまった。今の世の中、タップひとつで知らない世界を覗き見ることも簡単に出来るわけで、通勤電車のなかで本を開く人の姿もめっきり少なくなりました。
 でも、だけど。本当はきっと、みんな忘れてはいないと思うのです。あの、少しずつ自分の頭のなかで世界が広がっていく楽しさを。作者に導かれハラハラどきどき手に汗握る物語に飛び込んでいく興奮を。本書『レオナルドの扉』は、そんな気持ちを取り戻し、文字を追っていくこと自体が幸せだと感じられるロマン溢れる冒険小説です。
 主人公となるのは、フランス革命直後のイタリアの小さな村に、時計職人の祖父とふたりで暮らす十六歳のジャン。家業の時計修理を手伝いながら、その技術と豊かな発想力を活かして便利な機械を工作する彼は、村人たちからも愛され、平穏な日々を過ごしていました。密かな楽しみは、大人たちには内緒の秘密基地での工作。親友である村長の息子・ニッコロと共に、暇さえあれば創意工夫を凝らし、三百年前に祖国が生んだ天才レオナルド・ダ・ヴィンチが発案したものの失敗したという「自走車」作りにも挑戦。しかし、資材の問題から完成させることは出来ず、ふたりは新たな目標として空を飛ぶための翼を作ることを掲げます。とはいえ前途は多難で、これまたなかなか上手くいかない。そんなとき、村医者の娘・マドレーナから、ミラノの古い図書館にレオナルドが遺した翼の設計図が保存されているらしい、との噂を聞き、ぜひ自分の目で確かめたいと胸を躍らせます。
 ところが。時を同じくして、フランス軍の兵隊たちが突如村に侵攻してくる事態が発生。祖父を人質にとり、銃を構えた兵士はジャンに〈おまえの父親のことを聞かせてもらいたい。逆らえば、このじじいの命はないと思え!〉と叫んだのです。八歳のとき、家を出ていった父の何を話せと言うのか。〈父さんが……何をしたって言う〉と問い返したジャンに、兵士が言い放ったのは〈おまえのオヤジは盗人なんだよ〉という衝撃的な言葉でした。
 窮地を修道女のビアンカに救われ、祖父と共にひとまず村を離れたジャンは、自分たちが、レオナルド・ダ・ヴィンチの遠い親戚にあたるという思いがけない話を聞かされます。万能の天才レオナルドは、多くの兵器も考案していて、秘密の場所に隠されたその研究成果をまとめたノートの一部を、フランス軍を始め多くの人間が今も探している。父親は、受け継いだノートの隠し場所を記したタペストリーをナポレオンの手から守ろうとして姿を消したのだと知り、ジャンは、その封印されたレオナルドのノートを探し出す旅に出ることを決意するのです。
 追う側のナポレオンの視点を交え、取っつきにくい世界史をかみ砕いて時代背景を伝えてくれるので、ジャンの置かれている立場が理解し易く、武力を備え迫り来るフランス軍を、いくつものさながら秘密道具を使ってかいくぐる姿は頼もしく、ニッコロとのバディ力も抜群。フランス軍だけでなく、謎の組織も加わり争奪戦が繰り広げられるなか、果してジャンは無事にノートを手に入れ守りきることが出来るのか。手に汗握りページをめくるうちに、子供の頃に夢中で読んだ冒険物語を思い出し、なんだか懐かしい気持ちになってくる人も多いかもしれません。
 けれど、レオナルド・ダ・ヴィンチに関する史実を織り交ぜて描かれた本書は、大人的見地からも、充分に楽しめます。何よりも、読み終えればそこで終わる物語ではないことが素晴らしい!
 レオナルドがどんな人物だったのか、より深く知るための本は書店にも図書館にも数多く並んでいます。一部ではありますが、ジャンたちが守ろうとしたそのノート(手稿)がどれほど緻密で斬新なものだったのかを知ることも難しくはありません。著者である真保氏自身についても、脚本を手がけた「ドラえもん」シリーズの映画を探して観ることは容易だし、その他のアニメ作品を探してみるのも一興です(ちなみに私は、真保さん原作の少女漫画を読んだこともあります!)。
 もちろん、この機会に真保作品に手を伸ばしてみれば、本書とはまったく異なる読書体験も待っている。江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作『連鎖』(講談社→講談社文庫)から連なる初期の「小役人」シリーズは、地味巧さに唸るし、『デパートへ行こう!』(同)からローカル線、遊園地と続いた「行こう!」シリーズは、舞台の裏側を覗き見る現代のお仕事小説として秀逸です。明智光秀を主人公に据えた『覇王の番人』(講談社→講談社文庫)、織田信長より変わり者だったとも言われる室町時代の武将・細川政元の生涯を描いた『天魔ゆく空』(同)、江戸時代の「小役人」とも言える町奉行同心を主軸に、安政の大地震に見舞われた市井の人々の姿を活写した『猫背の虎 動乱始末』(集英社→集英社文庫)といった、日本を舞台にした時代小説もあり、現時点での最新刊『暗闇のアリア』(KADOKAWA)は、キャリア官僚の自殺疑惑に端を発し、ある暗殺者の存在と背景に迫る硬質な長編作。いずれにしろ、本書で初めて真保作品を手にとった、という方は、こんな小説も書いてるんだ! と必ずや驚くことになるはず。
「あとがき」にもあるように、着想から約三十年の時を経て届けられた本書には、夢とロマンと勇気と希望がたっぷりと詰まっています。そしていつかあなたの子供や孫が手に取ったとき。あるいは、十年、二十年経った日に、ふと再び開いてみたとき。書かれている文章に変わりはなくても、読む人によって、時によって、見える景色はきっと違う。それが、広がりのある物語のとても大きな魅力なのです。
 いつでもどこでも何度でも、私たちは想像という冒険の旅に出ることができる。
 本書をきっかけに、ひとりでも多くの方が、新たな「扉」を開く喜びを体感できることを祈っています。


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