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レビュー

『散り椿』祝映画化!時代小説の旗手・葉室麟が描く、理不尽な社会に真っ向から挑むアツい男。『はだれ雪』

【カドブンレビュー】

元禄14年3月、江戸城内松の廊下で赤穂藩主浅野内匠頭が高家筆頭吉良上野介へ刃傷に及んだ。側用人柳沢吉保は、経緯をあきらかにしないまま内匠頭即日切腹の断を下したが、これに反対したのが目付役の永井勘解由だった。
勘解由は監視の目をかいくぐり、切腹前の内匠頭と襖越しに言葉を交わす。その行動は将軍徳川綱吉の怒りにふれ、お役御免のうえ扇野藩に預けられる身となる。
扇野藩は、夫を喪った後、実家で過ごしていた紗英に勘解由の世話を命じた。
11月。雪が舞うなか、扇野藩領内の幽閉先へと到着する勘解由を迎え入れる紗英。彼らのもとには、主君の最期の言葉を求めて身分を隠した旧赤穂藩士たちが訪れるようになる。
深く関わらない方が心安んじて生きていける。そう思いながらも紗英は、その為人を知るほどに勘解由に魅かれていく。物語はふたりの関係を中心に、吉良を討とうとする大石内蔵助たちの動向、扇野藩内の政争が絡みあっていく。

舞台となる扇野藩は、著者の既刊『さわらびの譜』『散り椿』などに登場した架空の小藩で、そこに生きる紗英をはじめとする人々、江戸から流されてくる勘解由もまた創作上の人物である。彼らを赤穂事件という史実、柳沢吉保や大石内蔵助など実在した人物たちのなかに織りこんでいくことで、これまでにない視点から忠臣蔵を描いている。

描かれているのは、武家社会のなかで「さしたることでもなく」「思わぬところで出会った悲運」に翻弄される人々の姿だ。
勘解由は内匠頭の最期の言葉を聞いたというだけで流罪となり、紗英は夫の死にざまが少々情けなかったというだけで、世間から隠れるように暮らしていた。藩主が刃傷事件を起こした浅野家は改易、取りつぶしとなり再興を許されず、吉良家では上野介の養子佐兵衛が、屋敷に討ち入られたという理由で処分を受ける。

そのなかでも勘解由は幕府の意向に反して浅野家とその家中のために動き、紗英は藩の命令に背き勘解由と内蔵助たちを引き合わせる。内蔵助たちは家臣たちだけで主君の仇討ちをなそうとする。それぞれに属する社会の法を無視しているが、彼らをつき動かしているものは、武士としてどう士道を尽くすか、人としてどう生きるか、愛する者を守りたい、という真心だ。

罪を犯した者が適正に裁かれない社会は成り立たないが、権力にへつらい原則を無視した体制、法を重んじるあまり情を欠く為政者、己の役割も覚悟も忘れた武士たちによる社会もまた、間違っているのではないか。
勘解由たちの行動はそういった社会に一石を投じるものである。

そして、討ち入りを果たして散った内蔵助たちが美しいまま儚く消えた雪なら、待ち受ける苦難に立ちむかい、生き続ける道を選んだ勘解由と紗英は、泥に汚れまだらに消え残る「はだれ雪」に違いない。
この相反する生きざまが、物語を動かしている最大の謎「内匠頭の最期の言葉」と美しく響きあう。

悲運は現代に生きる誰のうえにも等しく降りかかり、社会には理不尽がまかり通る。いつまでも変わらずに続く幸せはどこにもないが、人はみな自らが心に定めた道を進むしかない。勘解由たちの折にふれての姿勢や言葉の数々は、悲しみや怒りに立ちすくむわたしたちに、どんなときも信念を貫け、身を惜しむな、自分の役割をまっとうせよ、と、善く生きようとすることの大切さを教えてくれている。

ひとは皆、さしたることでもなく、思わぬところで悲運に出会ったりいたします。嘆きに沈むのはやむを得ないと存じますが、何より大事なのは悲運に負けて立ち止まらぬこと、歩き続けることではないかとそれがしは思っております

>>『はだれ雪 上』書誌ページ
>>『はだれ雪 下』書誌ページ


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