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レビュー

声優界きってのビブリオマニアが語る、宮部みゆきの描く“不完全な子ども”の魅力『過ぎ去りし王国の城』

 宮部みゆきさんを最初に紹介してくれたのは、父だった。
「凄い小説がある。読むといいよ。きっと君は好きだ」
 そう言って渡されたのは『魔術はささやく』の文庫本だった。その本は今もわたしが持っている。奥付を見ると、平成五年とあるから、25年前。
 夢中になって一気に読み切った。それ以来、宮部さんの書くもの、とくに子供が主人公のものを楽しみにしている。

 宮部さんの描く人物には、欠損がある。外側から否応なく押しつけられた欠損であることが多い。登場人物達は、あらがったり、諦めたり、拒絶したり、許容したりしながらも、なんとかその欠損を抱えて生きていこうとする。
 子供達もそうだ。本書尾垣真おがきしんは、〈壁〉と綽名あだなされるほど、目立たない、存在感のない自分を半ば諦め気味に受け入れている。真の葛藤は、欠損と言うほどのものではないかもしれない。ただ将来に対する漠然とした不安、自分に対するもどかしさ、何も変わらない日々への苛立ち。
 城田珠美しろたたまみの欠損は、過去にある。そのひずみは彼女を変え、周囲から浮きあがらせ、いじめの対象にしている。世界に背を向けて凛と立つ城田は、強いが脆い。
 登場人物唯一の大人、パクさんもまた、叶えられなかった夢と自尊心との折り合いがつけられない。
 そしてキーパーソンとなる秋吉伊音あきよしいおん。彼女は一度も満たされたことがなかった。彼女の存在は、この世界に空いた穴だ。気づかず通り過ぎる人がほとんどだが、自分自身に欠けた部分があるものは引き寄せられる。そして捕らわれる。
「おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。(ニーチェ)」
 その欠損への向き合い方に、嘘がない。子供らしさを押しつけない。不完全な大人にいたる不完全な存在として今できるせいいっぱいの力で戦う、ずるさも汚さも卑怯さも弱さも持っている、そういう存在として描いている。だから、宮部さんの描く子供が好きだ。

 私事になるが、わたしもまた、いじめられっ子だった。
 本が大好きで、変に大人びていて、協調性のない子供だった。同級生は些細な悪意でわたしをのけ者にし、傷つくわたしを見て楽しんだ。
 でも、わたしが嫌だったのは、一人にされることではなかった。それを外から無理矢理押しつけられ、それに傷つくのだと思われていることが嫌だったのだ。
 本が大好きなわたしは、今でも一人で食事をする時は本を読んでいる(それ以外の時間でも、あたう限り読んでいるけれど)。もちろん、人と話しながら食事を楽しむ時間も大好きだ。ただ、一人きりで、誰はばかることなく本の世界に潜っていられる時間は、わたしにとって孤独ではない。それは、自由だ。
 なのに、それは孤独なんだと決めつけられるのが嫌だった。
 ハブられ女子城田の、反応しない、気にしない、大したことではない、という姿勢は、あの時のわたしそのものだ。
 わたしの場合は、逃げた。留学という手段を見つけ、イギリスとタイに行った。イギリスの全寮制の学校で、世界中から来た留学生に囲まれ、人は違っていて当たり前なことを学んだ。タイでは何度か死にかけ、周囲100㎞に日本人がひとりもいないという状況で、本当の孤独とは何かを知った。帰って来た時には同級生の些細な悪意をあっさり跳ね返すだけの鉄面皮を手に入れていた。リアクションがないとつまらないのか、いじめもあっさり止んだ。
 人それぞれの逃げ方と向き合い方がある。真の、城田の、パクさんの、そして伊音の選択の、どれがあなたにとって共感できるものだっただろう。

 冒頭に引用され、文中でも重要なモチーフとなっているシャーリイ・ジャクスンの『ずっとお城で暮らしてる』について補足を少し。
 広大な屋敷で暮らすメリキャット、彼女にはもう姉のコンスタンスと病弱な伯父のジュリアンしかいない。かつてこの屋敷に住んでいた両親、弟、伯母は毒殺され、その容疑は姉のコンスタンスにかかっていた。裁判では無罪となったものの、村人から白眼視され屋敷から出られない姉に代わり、メリキャットはひとりで屋敷を切り盛りしていた。屋敷の中にいれば、いつまでも幸せでいられる。そこへある日、従兄のチャールズが現れ、閉ざされた世界のバランスが崩れはじめる……
 ぼろぼろの服を身につけ、人には見えないものを見、少しずつこの世から乖離していくメリキャット。世界の全てが悪意を向けてくる、唯一の楽園は屋敷の中だけ。誰かに似ていないだろうか。
『ずっとお城で暮らしてる』は、本書では一度も書かれることがなかった、伊音の内側の物語なのかもしれない。
 ちなみに、英語の先生が課題として出すアルフレッド・エドガー・コッパードも実在の作家。『The Princess of Kingdom Gone』は短編、邦題は『去りし王国の姫君』。先生の言う「手頃な文庫でいい新訳版」は、光文社古典新訳文庫の『天来の美酒/消えちゃった』だろうか。こちらは大変美しいファンタジー。
 もちろん未読でも本書を楽しむことはできるが、サブテキストとして読んでみるとより深く味わえるかもしれない。

 いまさらかもしれないが、宮部みゆきさんの来歴を簡単に。
 1960年東京生まれ。1987年に「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビューする。ミステリ、ファンタジー、ホラー、時代劇やファンタジーと、ジャンルをまたいでの八面六臂ろっぴ。映像化など、メディアミックスされた作品も数多い。
 わたしにとっては新刊を楽しみにできる、素晴らしい「裏切らない作家」だ。

 さて、ここからは本書を最後まで読んだ人だけ(と書くの、憧れてました。読む側としては解説を先に読むタイプなので、この注意書きが出てくると、ものすごく葛藤するけど)。
 もしあなたが、真たちのように世界線をずらすことができたら。どちらに転ぶかわからないけれど、現状を揺り動かすことができるとしたら。
 あなたは真のように、変えないことを選ぶ?
 それとも城田やパクさんのように、変えることを選ぶ?
 自分だったらどうするだろう、をずっと考えている。
 物語が深く静かに染みこんできて、読む側にも影響を及ぼす。それはたぶん、絵や、漫画と同じような、〈優れた作品が持つ、呪術的な力〉だろう。
 宮部さんの小説もまた、人を虜にする魔法だ。


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