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レビュー

「読書」はその人の「人生」を表す。寺田寅彦は何を読み、どのように読んだのか。「科学者とあたま」ほか名随筆29篇。『読書と人生』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:若松 英輔 / 批評家・随筆家)

 本書の初版は、一九四九(昭和二四)年に角川書店から刊行された。へんさん者は、本書に解説を寄せているかどかわげんよしである。名前からも類推できるように彼は、角川書店の創業者である。だが同時に、おりくちしのに学んだ国文学者であり、俳人でもあった。さらに、この本自体が象徴しているように、しよの経営者であり、編纂者であり、編集者でもあった。書物に関する、あらゆる場所で実践者として活躍し、それゆえに文人たちからも信頼を寄せられた異能の人だった。以下の文章は、なるべく角川の言説と重複しないように試みてみたいと思う。

『読書と人生』という題名の本は、異なる著者たちによっても書かれている。よく知られたものではきよしの著作があり、戦前、『学生そうしよ』によって一時代を形成したかわえいろう編のものもある。(もともとは『学生と読書』だったが、のちに改題された。)

 ここで改めて考えてみたいのは、ある時期まで「読書」は「生活」というよりも、「人生」と直結する問題だったという事実である。何を読むかは、どう生きるかと不可分だと考えられていた。

 そう考えていたのは、角川源義のような作り手たちだけではない。それは読者も同じだった。何を、どう読んだかを語ることはそのまま、その人が何を中心に据え、それとどうたいしたかという人生の物語をつまびらかにすることになる。この本は、文字通りてらとらひこ(一八七八~一九三五)の「読書と人生」の軌跡になっている。「読書の今昔」という一文で寅彦は、自らと読書との出会いをめぐって次のような言葉を残している。

生れて初めて自分が教わったと思われる書物は、昔の小学読本であって、その最初の文句が「神は天地の主宰にして人は万物の霊なり」というのであった。たぶん、外国の読本の直訳に相違ないのであるが、今考えてみるとその時代としては恐ろしい危険思想を包有した文句であった。先生が一句ずつ読んで聞かせると、生徒はすぐ声を揃えてそれを繰返したものであるが、意味などはどうでもよかったようである。(六〇頁)

 文意よりも、音が胸に飛び込んできたというのである。一見すると何でもないことのように思われる。同様のことは私の時代にもあった。しかし、このことを記憶し続け、随筆家としてその意味を想起できるところに寅彦の特性がある。彼は幼い頃から、記号としての言葉の奥に、うごめく意味を感じていた。彼が感じていたように言葉には、物事を記号的に表現する以上のちからがある。

 寺田寅彦のプロフィールを見ないまま、この本を手にした人は、いっぷう変わった随筆家だと思うのかもしれない。その随筆は、文学者の書くものとは違うだけでなく、画家や彫刻家といった芸術家の筆致とも違う。透徹した眼で世界を眺めていながら、同時に熱情がある。ぼくな言葉を用い、虚飾を廃した文体は、誰にも似ていない。

 寺田寅彦とはどのような人物であったか、それをもっとも端的に表現していると思われるのが、科学者としてのまなであり、彼もまた随筆家だったなかきちろう(一九〇〇~一九六二)の一文である。「文化史上の寺田寅彦先生」と題する一文で中谷は「先生は、外見上は全く異なる二方面において、今日のわが国の文化の最高標準を示す活動を続けておられた」と書き、次のように言葉を継いだ。

その一は物理学者としてであって、帝国学士院会員、東京帝大教授としてのほかに理化学研究所、航空研究所、地震研究所において、それぞれ研究室を持ち、多彩の研究をほとんど間断なく発表されていたのである。他の一面は漱石(そうせき)門下の逸材吉村冬彦(よしむらふゆひこ)としての生活であって、その随筆もまたわが国の文学史上に不朽の足跡を止めている。(『寺田寅彦 わが師の追想』五〇頁)

 この者は、近代日本の科学史だけでなく、文学史にも大きな足跡を残したが、そのどちらから見ても、彼の本質は見えてこない。それを試みるには「文化史」というより広く深いところに根差した視座が必要になる、というのである。

 たしかに寺田寅彦は第一級の科学者であり随筆家、俳人でもあった。しかし、彼は同時に、科学が独走したとき、世界に壊滅的な打撃を与えうることを知る文明論者でもあった。本書に収められた「科学者とあたま」でも述べられているように、知能的知性が独走することは世界を必ずしも豊かにしないという科学偏重への警鐘を鳴らす人でもあった。



 寅彦は確かに、なつ漱石(一八六七~一九一六)門下のひとりだったが、みやとよたか(一八八四~一九六六)らが弟子だとしたら、寅彦は年若い友人だった。

 漱石の日記を読んでいると「寺田」の文字は幾度となく出てくる。だが、そこに広がる光景は、小宮らの弟子たちと同じではない。多くの弟子が漱石山房を訪ねるのに対し、寅彦の場合、漱石の方から寅彦の家に赴くこともあった。

 そうしたことは、本書に収められた「『漱石ざつ』について」からもうかがうことができる。『漱石襍記』は、題名にあるように小宮豊隆による漱石とその作品めぐる随想を集めたものである。

 そこに収められた「夏目先生のこと」という一文には「あぐら」をめぐる逸話がある。

 親類がロンドン時代の漱石と知り合いだったことから、紹介を受け、漱石と会えることになる。初めて面会したとき小宮は、ひどく緊張したまませいをしていたのだが、とうとうしびれを切らして足を崩し、あぐらをかいてしまう。このことがのちに尾ひれがついて、小宮の大胆さを語る小さな伝説になる。次に引くのは、このことを受けて書かれた寅彦の一文である。それは彼と漱石との関係が、小宮とは質の違ったものだったことを暗示している。

この特例において豊隆にあぐらをかかせた原動力の持主は、実は無意識の漱石自身であったろうと思われる。この同じ漱石は単に豊隆のみならず、その他の多くの弟子達にみんないろいろな意味での「あぐら」をかかせ「赤ん坊のように得手勝手」をいわせ、毎日のように「今日も先生のうちにいる」と日記をつけさせたのである。(三一一、三一二頁)

『漱石襍記』には「日記の中から」と題する、小宮の日記から漱石との交わりに関するところだけを抜粋したものが収められている。「今日も先生のうちにいる」という記述はそこにある。それは熱心という度合いを超えたもので、「先生のうちにいる」だけでなく、「先生のうちに行く」「先生のところへ行く」、あるいは「とまる」という、ある人から見れば度を超えた親密さを求めている小宮の言動を示す文字が続く。

 だが漱石の日記に見られる「寺田」との関係とはまるで違う。そこには師弟の関係はない。あるのは深い友愛である。本書にも寅彦が漱石に抱いていた信頼を示す、短いが端的な記述がある。

漱石先生の小説を見て一向つまらぬという人がある。これはその作物に共鳴すべき物を持ち合わせぬ人である。(三二頁)

 漱石の言葉のなかに、自らの人生の根本問題を照らし出す一すじの光を感じた、というのだろう。寅彦と漱石は、作家と科学者という立場を超え、生きるとは何かという終わりのない問いにおいて強くつながっているのである。

 先に引いた中谷宇吉郎の文章にも、世に流布している科学者のイメージから大きく逸脱する寅彦の姿にふれた一節がある。科学的真理の探究者と人生問題の飽くなき探索者という「一見全然相反する二方面の仕事が先生の場合にはこんぜんとして融合している」と書き、中谷はこう続けた。

先生はある時、自分にその点について「科学者と芸術家とは最も縁の遠いもののように考える人もあるが、自分にはそうは思えない。趣味と生活とが一致しているという点ではこれくらい似寄ったものはない」と語られたことがあった。科学も芸術もともに職業とせずして生活とされていた先生の頭の中では、この両者は実は区別が出来ていなかったのであろう。(『寺田寅彦 わが師の追想』五〇~五一頁)

 ここで中谷が、寅彦が自分に語った、と述べている言葉と同様のことは、寅彦の「科学者と芸術家」(『科学と文学』角川ソフィア文庫所収)というエッセイで読むこともできる。寅彦はそこで「科学者と芸術家の生命とするところは創作である」といい、「他人の芸術の模倣は自分の芸術でないと同様に、他人の研究を繰返すのみでは科学者の研究ではない」(『科学と文学』一三五頁)と書く。

 どこまでも主体的であろうとする悲願において科学者と文学者が出会う。これが実現したのが寺田寅彦という人格だった。

 主体的であろうとするとき、多くの場合人は、他者の見解を頼りにできない。誰かが提示した解答めいたものではなく、自らの手応えを命綱に歩みを進めていかなくてはならない。こうしたとき世にいわれる正誤の常識を打ち破る出来事が起こる。「誤り」の体験が次に続く人の道を照らすのである。

「案内者」と題する作品で寅彦は、「間違だらけの案内記」でも、それが作者の実体験をもとに書かれているときは、情報をつなぎ合わせただけの「正しい」ものよりも内実があり、「存外何かの参考になる事が多い」(三八頁)と書く。

 表面的な事実として「正しさ」を超えた意味をそこに感じるというのだろう。これが寅彦のけいがんだ。それが仏教でいう分別を超えた無分別智を思わせる。このことにふれ、寅彦はさらに次のように述べている。

個々の研究者の直接の体験を記述した論文や著書には、たとえその題材がなんであっても、その中に何かしら生きて動いているものがあって、そこから受ける暗示は読む人の自発的な活動を誘発するある不思議な魔力をもっている。(三九頁)

「不思議な魔力」という、一見非合理に映る何ものかこそ、寅彦の直観の源泉だった。世界を止まったものとして数値的かつ概念的に把握するのではなく、「生きて動いているもの」として認識すること、そのことの重要性を語り続けたのは哲学者のベルクソンだった。ベルクソンの哲学が直観を重んじたのも偶然ではないだろう。二人は同じものを見ている。(寅彦にはベルクソンの『笑い』にふれた「笑い」という随筆がある。)今日私たちは、寅彦のなかに科学者と文学者の融点をいだすだけでなく、新しい哲学者の姿さえ感じることができるだろう。次の言葉は、本書のなかでもっとも印象的なものの一つだった。私はそこに一人の見者の眼にふれる思いさえする。

観察記は、それがいかに狭い範囲の題材に限られていても、その中に躍動している活(い)きた体験から流露するあるものは、直接に読者の胸に滲(し)み込む、そしてたとえそれが間違っている場合でさえも、書いた人の真を求める魂だけは力強く読者に訴え、読者自身の胸裡(きょうり)にある同じようなものに火をつける。そうして誌(しる)された内容とは無関係にそこに取扱われている土地その物に対する興味と愛着を呼び起す。(三九頁)

 彼が俳人であることは先にふれた。ここにある「胸」「火」あるいは「流露」といった言葉は、広義の詩人としての彼の精神からのゆうしゆつである。寅彦は世界を「あたま」だけでは経験しない。それを「胸」で受け止める。彼は言葉を記号として扱わない。それを不可視な火花であると感じているのである。

寺田寅彦『読書と人生』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000014/


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