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レビュー

読めば面白い 『ノーベル文学賞を読む』

 ここ十年ばかり、「ノーベル文学賞と村上春樹は秋の季語」と揶揄されるほど、ノーベル文学賞と言えば村上春樹が受賞するかだけに注目が集まっていた。そんな中、昨年は日系人のカズオ・イシグロが受賞し、ニュースでも大きく取り上げられ、本屋でも目立つところに並べられることとなった。
 そんな矢先、ノーベル文学賞選考委員の夫によるスキャンダルが発生し、今年は発表が見送られる事態となっている。
 猛烈な逆風である。報道やネット上の反応を見ると、「そもそもノーベル文学賞に価値はあるのか」というような論調のものが多いし、「平和賞と文学賞は政治的だから嫌い」「もういらないのでは」といった意見が大半を占めている。こうした論調は今回のスキャンダルで突然生じたものではなく、以前からずっと存在していたものだ。ノーベル文学賞は、ポジティヴにとらえられるよりもむしろ、ネガティヴに論じられ続けてきた。
 だが、ここで問題がある。ノーベル文学賞を取った作家の作品が、ほとんど読まれていないという点である。ほとんどの人は、作品をぜんぜん読んでいないにもかかわらず「価値がない」とか、「政治的だから嫌い」「偏っている」などと言っているのである。文学は本来、作品本位であるはずだ。それにもかかわらず肝心の作品は注目されず、選考方法やスキャンダル、あるいは日本人が受賞するかどうかだけが注目されているのである。そこで筆者は、一九八〇年以降、小説で受賞しているすべての作家の作品を最低でも二冊以上読んだ。原語で読めるものに関しては、原語でもその文体を確認した。
 その結果としてわかったのは、ノーベル文学賞の受賞作品は、レベルが非常に高く、面白いということである。芥川賞よりも、ゴンクール賞よりも、ブッカー賞よりも、ピュリッツアー賞よりも面白い、というのが率直な感想である。
 よく考えれば当たり前なのだ。確かにノーベル文学賞は、公正な世界選手権ではないし、限られた人たちが限られた価値観で選んでいる賞であり、ある程度偏りはある。とはいえ、世界中で名前の知られた作家の中から、毎年一人しか選ばないのだから、レベルが高くなるのは当然だ。それに四十年分の受賞作家を見ると、できるだけ多様な地域の、多様な作風の作家に授与しようとしていることがわかる。
 政治的だとの批判はどうだろうか。ノーベル文学賞は、重厚なテーマを好む傾向があるため、確かに社会や政治が扱われていることは多い。しかし、文学はそもそも政治や社会とは無関係ではないのだから、それが扱われるのは当然である。単にプロパガンダになっているような作品しか書いていない作家は受賞していない。「ノーベル文学賞は政治的」というのは実は先入観で、作品そのものと言うよりも、報道が政治的傾向ばかりに注目しているだけである。記者は作品を読んではいない。
 そこで本書では、選考の過程などは考えずに、純粋に受賞作家の作品がどのようなものかを紹介していく。ほとんどの読者は作品を読んだことがないだろうから、読まれていないことを前提として、その面白さがわかるようにした。本書を読めば、過去四十年間でどのような作風の作家が受賞しているのか、その全体像がわかる。
 また、本書を読むと、文学においてどのようなことが扱われてきたのかがわかるようにした。いわば、ノーベル文学賞を切り口として、世界文学の入門にもなるようにしている。なお、ノーベル文学賞は他の作家とは異なる個性的なスタイルを持つ作家を好む傾向がある。筆者の専門は小説言語の分析なので、その作家特有のスタイルについても、特に着目している。
 作品を読んでもいない記者の書いた記事や、先入観にとらわれて、読まれないのはあまりにももったいない。読まれる価値のある作品ばかりである。本書を読んで、優れた世界の文学への興味を広げられることを祈っている。


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