あの「民王」が帰ってきた!
新作『民王 シベリアの陰謀』がいよいよ9月28日に発売予定。第二次内閣を発足させたばかりの武藤泰山を絶体絶命のピンチが襲う! 冒頭部分を5回に分けて特別掲載します。
『民王 シベリアの陰謀』#5
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「どうもムノー内閣。あ、失礼。武藤内閣のいってることは納得できんね」
泰山が国民に感染対策のお願いを訴えた会見から数時間して、テレビでは新たな記者会見が始まっていた。
「だいたいやねえ、国民の生活を守るべき大臣が真っ先にウイルスに感染した挙げ句、国民の皆さんに感染させるっちゅうのは、どうなの? 責任問題はどうなっとるのかね。まずは国民に謝罪するのがスジやで。頭の中を見てみたいわ、ムノー総理の。あ、失敬、武藤総理や」
都庁で会見している小中は、いつものようにパイプ片手に、ふんぞりかえって会見場のテーブルに両足を載せていた。
「一国の大臣が見たことも聞いたこともないウイルスを複数の国民に感染させたんや。前代未聞の大失態ですわ。それだけでも大臣失格やね。その程度の内閣っちゅうことやな」
小中の前職は、歯に
小中は、テレビ画面の向こうから挑むような眼差しを泰山に向けてきた。「高西麗子を大臣に任命したんは、武藤総理でっせ。つまりこれは総理の責任や。そのことをまずはっきり言わせてもらうわ」
「小中の野郎……」
執務室で一緒に見ていた狩屋は、ぎしぎしと床のきしむような音にあたりを見回した。旧公邸に出るといわれた軍人の幽霊でも出たのかと思いきや、それは隣にいる泰山の歯ぎしりの音なのであった。「こんなのが東京都知事とは、世も末だな、カリヤン」
この一月、政治評論家の小中寿太郎が突如、都知事選への立候補を表明したときは、取るに足らない
ところが──である。
まず、本命と目されていた元タレントの
かくして、四番手に控えていた小中寿太郎が
「東京都民は、ウイルス拡散の被害者や。我々は我々の手で身を守りまっせ。そのために、東京都オリジナルのウイルス対策を講じることにしました。ひとーつ」
小中は時代劇の主人公のように、なまっちろい指をひとつ立てた。「本日からレインボーブリッジを青色にライトアップします。
「そんなもんが対策か」
泰山は
「ふたーつ」
小中は続ける。「都民の皆さん全員にマスクを配布します。ただのマスクやないですよ。この私、小中寿太郎似顔絵付きのマスクです。プレミアつきまっせ」
「つくか、バカ」
泰山は
「ウイルスにかかった方にはお見舞いとして、宝くじ三万円分を差し上げます。
「小中の奴、ウイルスを利用して売名してるだけですよ、泰さん」
さすがの狩屋も憤然としている。
「でも、ネットの評判はいいみたいですね」
冷や水を浴びせかけるように貝原がいった。
「マジか」悔しそうに、泰山が顔をゆがめた。
「残念ながら先生の演説よりウケてます。あれはカタすぎるって不評でしたから」
「こいつのは、やわらか過ぎだろ」
泰山が反論する。
「やっぱり国民はモノやカネをもらわないと納得しないんです、先生」
「くそったれが」
泰山が毒づいたとき、ノックとともに新たな客がふたり入室してきた。ひとりは黒ずくめの上下のスーツに派手な赤いネクタイ、エナメル靴を
「公安新田。ただいま参上いたしました」
直立不動で敬礼した新田に、「おお、来たか新田君。まあ座れ。先生もどうぞ」、と泰山はふたりに椅子を勧める。
「これをご覧ください」
挨拶もそこそこ、新田が広げた分厚い資料は、この三週間に高西が面談した相手と場所、移動ルートに関する詳細なレポートであった。ウイルスの感染源を突き止めるため、密かに泰山が放ったのがこの新田だったのである。
「感染源とおぼしきものはあったか」
「高西大臣は、二週間前ロシアで開かれた国際会議に出席されています。その行程のどこかで感染した可能性が高いかと」
「ロシア?」
そのひと言に、泰山はふと目を細くして新田を見た。「──根拠はあるのか」
「大臣の行動範囲を勘案するに、このウイルスに国内で感染したとは考えにくいのです」
話を継いだのは根尻教授である。「実は新田刑事の報告を聞いて、以前シベリアのどこかで似たような症状のウイルスが出たという話を思い出したんですが──」
泰山は思わず、体を乗り出した。
「いったいそれはどこで?」
「それがいまひとつ記憶が判然としませんで。論文であれば記録が残っているはずですがデータベースにはありませんでした。私もこの道は長いので、研究者同士の噂話程度のものだった気がします」
苦悩を滲ませた根尻は本題に戻り、「そんなわけでロシア由来のものであれば納得できる。会議から発症までの期間からして、潜伏期間は二週間程度である可能性が高いでしょう。ただ、ひとつ疑問もある」
自分を見つめている泰山らに視線を滑らせた。「WHOにも確認しましたが、国際会議に出席した各国参加者の中に、同様のウイルスに感染したとの報告はありません。実際、高西大臣に随行した環境省職員五人の体調も良好で、検査でも陰性との結果が出ています」
「それはつまり、マドンナだけがウイルスに感染したってことですか」
狩屋の質問に、「どうやら、そのようです」、と自身、不可解そうに根尻は首を傾げた。
ぽんと放り出されたような疑問が、官邸の総理大臣執務室に満たされていく。
「高西大臣だけが感染するなんてことが、あるのかな」
貝原の疑問は、誰にいうでもない独り言のようであったが、
「いや考えられるよ、貝原くん」
狩屋がいった。「マドンナの食欲は底なしだよ。普通の人なら食わないものまでがんがん食うんだから。ヘビにクモにサソリ、蚊の目ん玉とかさ」
うえっ、と貝原が顔をしかめる。
「何を食ったか、調べはついてるのか」
泰山がいうと、新田が長いリストを出した。「環境省の職員にヒアリングしてまとめた国際会議中の高西大臣の会食場所とメニューです」
「どれどれ」
「むちゃくちゃ食ってますね、泰さん。人間でしょうか」と狩屋。
「たぶん違うだろうな」
「ほかに、似たようなウイルス感染例は報告されていないんですか、先生」
泰山がきいた。
「いまのところは」
根尻は首を横に振った。「ただ、発表されていないだけかも知れません。ロシアに限らず、国によっては戦略上、感染を秘密にしていることだってあるでしょうから」
「だが、マドンナはどこかで感染した……。どこだ?」
つぶやくように問うた泰山に、答えられるものは誰ひとりいなかった。
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作品紹介『民王 シベリアの陰謀』
民王 シベリアの陰謀
著者 池井戸 潤
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2021年09月28日
謎のウイルスをぶっ飛ばせ!!
「マドンナ・ウイルス? なんじゃそりゃ」第二次内閣を発足させたばかりの武藤泰山を絶体絶命のピンチが襲う。目玉として指名したマドンナこと高西麗子・環境大臣が、発症すると凶暴化する謎のウイルスに冒され、急速に感染が拡がっているのだ。緊急事態宣言を発令し、終息を図る泰山に、世論の逆風が吹き荒れる。一方、泰山のバカ息子・翔は、仕事で訪れた大学の研究室で「狼男化」した教授に襲われる。マドンナと教授には共通点が……!? 泰山は、翔と秘書の貝原らとともに、ウイルスの謎に迫る!!
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