小学校6年になった聖は文字通り将棋
聖が教わる相手は森安九段、当時は棋聖位を保持しているトッププレイヤーの一人だった。
「何枚落ちにしようか」と森安に聞かれた聖は「飛車落ちでお願いします」と
「それでいいの?」と森安はもう一度やさしい声で聖に問いかけた。
「飛車落ちでお願いします」と聖は表情を一つも変えずに再び答えた。伸一はそのやりとりをどぎまぎしながら聞いていた。森安の顔が明らかにむっとしているように見えたからだ。
5面指しの指導対局がはじまり、聖の将棋が最後まで残った。ほかの将棋はスイスイと駒を進めていく森安も、聖のところだけは少考を繰りかえした。
聖は
指導を終え観戦していた大人たちが一斉にため息を
森安は
これが聖のはじめてのプロとの将棋であった。
聖にとっては指導なんて何の意味もない。思いはただ一つ、目の前にある将棋に勝つこと、ただそれだけだった。強くなりたい、そして勝ちたい、その
昭和57年1月、聖は小学校2年から5年間にわたり少年時代の日々をすごした原療養所を出て家に帰ることになった。成長とともに体力がついて病気にある程度抵抗できるようになったこと、薬の進歩により症状を
5年ぶりに家に帰った聖は明らかに変わっていた。近所を駆け回ることも、トミコに反抗することもなくなっていた。ただ静かにひたすら将棋の勉強をつづけるのだった。
聖は府中小学校に転入し、わずか3ヵ月後には同校を卒業する。小学校卒業を記念した寄せ書きには「努力」と書き残している。
昭和57年、桜の
「お父ちゃん」
とぼとぼと二人で将棋会館から千駄ケ谷駅へ向かう道すがら聖が言った。
「なんじゃ?」
「もっと将棋が指したい」と聖がぽつりとつづけた。
「悔しいんか」と伸一は聞いた。
「うん」と言って聖は
その顔を見ていると何だか急に伸一は聖のことが不憫に思えてくるのだった。不意に
「よし、聖、父さんが道場を探してやる。新幹線の時間まではまだだいぶあるから、ぎりぎりまで指せばええ」と伸一は言った。
「本当か?」
どんなにか嬉しかったのだろう、聖の顔がパッと明るくなった。
何のあてもない二人はとりあえず千駄ケ谷の駅の公衆電話に備えつけてある電話帳を繰って将棋道場を探してみることにした。そして
西日暮里将棋センターは駅の近くの雑居ビルの3階にある小さな将棋道場だった。「段級はどのくらいですか?」と女性の
「じゃあ、とりあえずこの人とやってみてください」と席主は顔色一つ変えず手合いをつけてくれた。東京では四段の中学生なんて
しかし、聖はそんな弱くなりかけた気持ちをかき消すかのように、そして自らの壁をうち破るかのように勝って勝って勝ちつづけた。気がつくと結局道場にいた四段全員をことごとくやっつけてしまったのだった。
もう道場に聖の相手はいなかった。帰り
「彼ならこのむやみに強い中学生をやっつけてくれる」
注がれた視線がそう言っていた。
その巨漢こそは
席主から話を聞いた小池はにこやかに聖に近づいてきた。そして「
聖も小池のことは「将棋世界」で知っていた。プロにいちばん近い、いやプロすらも
「一局やろう」とぶっきらぼうに小池が言った。もちろん聖に異存はなかった。
何も言わずにコックリとうなずいてみせた。
二人の対局をギャラリーがぐるりと取り囲んだ。その輪の外から伸一も
大きすぎる体を丸めるように一心不乱に将棋盤に向かう小池には何ともいえぬ雰囲気があった。やはり強豪といわれる人間にはオーラのようなものがあるんだなあと、伸一は
将棋は小池の
小池の指先に力がこもっている。聖も気合よく駒を打ちつけ少しもそれに負けていない。
長い長い戦いを制したのは中学生の聖だった。小池が
「僕、強いなあ」と小池は敗戦に何ら悪びれることなく聖を
「はあ」と聖は少し照れたように笑った。
「がんばれよ」と小池は聖をやさしく励ました。
道場でのオープン戦とはいえ、向かうところ敵なしと恐れられていた小池重明に勝ったことが聖にもたらした自信は計りしれないものがあった。
広島へ帰る終電の時間が迫っていた。伸一は聖を
そのとき、手合係の女性が大学ノートを取り出しそこにサインをしてくれと言った。小池重明に勝った人には必ずサインをもらうことになっているというのである。
聖はそこにサインをした。何だかとてもいい気分だった。
広島に向かう新幹線の中で、聖もそして伸一も
小池重明を破った。それも、長時間にわたる力将棋の末。その事実が折れかけていた聖の翼を蘇らせた。アマ名人を破り、そして「強い」とうならせた。「僕、強いなあ」という
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