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試し読み

あたるも八卦、あたらぬも八卦。おでん占いで商売繁盛!『おでん屋ふみ おいしい占いはじめました』第一話試し読み!#4

しらたきを選んだあなた。「複雑に絡み合う――」という暗示が出ています。
「おもしろい女」になり元カレを見返してやろうと、北大塚で深夜のおでん屋を始めた千絵。店の売りとして始めたのは「おでん占い」だった――。


「東京近江寮食堂」「星空病院 キッチン花」シリーズなど、食をモチーフに人生を切り開く男女を描いた作品が人気の渡辺淳子さん。初の角川文庫作品となる本作『おでん屋ふみ おいしい占いはじめました』は、深夜のおでん屋を舞台に、笑って泣ける、おでんのような身も心も温まる話が具だくさんで収録されています。発売直前、刊行を記念して特別に第一話を公開いたします!

『おでん屋ふみ おいしい占いはじめました』第一話試し読み#4

 井波が帰ったあと、千絵は後片づけをしながら、鑑定結果をはんすうした。
「古くて新しい」「挑戦」「運命」「観察」「いやし」
 関連性のないキーワードだ。しかしすっかり励まされた千絵は、楽しい宿題を出された小学生のような気分で、おでん屋を繁盛させるための手立てを考える。
 人生なんて、しょせん死ぬまでの暇つぶし。どんなことも楽しまなくちゃ損々。
 そう考えると、宇宙から自分を眺められる。弘孝にフラれたことも、三十九歳独身という事実も、ちっぽけな悩みに思えてくる。
 いつになく明るい気持ちで、スマホで占いサイトを検索していた午前三時半。うれしいことに、客がやって来た。若い女性がひとり。千絵はよしとばかりに出迎える。
「こんばんは。いらっしゃいませ」
 黒いラインの利いたヒラヒラ襟の白いツーピース。光沢ある黒いタンクトップからのぞく胸元は強調され、栗色の長い髪にはゴージャスな巻きが入っている。まだ二十代だろうその女性は、ちょっと大人っぽい店の接客業と思われる。風営法上は零時に閉店しなければいけないから、店のかぎを閉めて居残り客の相手をしていたか、アフターの帰りといったところか。
「どうぞ、お好きなところにおかけください」
 二部制ゆえ、この店を自分の場所と主張しきれなかったけれど、井波のアドバイスで開き直れた。女将おかみに主体性がないと、客は居心地悪いに違いない。
「あーん、どうしよ。端っこは寂しいし、この辺かな。でもこのカウンターのカーブ、角っこって感じがないから、偉そうだけど、真ん中にしようっと」
 小柄だが肉感的なその女性は、言いわけでもするように言い、ヒョウ柄フェイクファーのショートコートを脱いで、椅子に腰かけた。透き通った高い声がイイ感じの人である。
「今夜はちょっと寒いですね」
「ほんとですー。でもあと二週間ちょっとで、十二月ですもんねー」
「一年が過ぎるのは早いですよね」
 接客のプロらしき人が相手だけれど、千絵は落ち着いて受けこたえできた。井波のおかげだ。
「この辺ときどき通るけど、おでん屋さんがあるなんて知らなかったですー」
「今月二日にオープンしたばかりなんです」
「そうなんだー。新規開店、おめでとうございまーす」
「あの、どうもありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
 ドギマギしながら頭を下げる。客から祝福してもらったことはなかったので、ちょっとうれしい。
「なんにしようかなー。うーんと、じゃ、大根、牛スジ、がんもどき、ください。あと、冷たーいビールをお願いします」
「はい、承知しました。ありがとうございます」
 とても話しやすい人である。
「……ぷは、おいしい。やっぱ労働のあとのビールって最高。ビールはどんなに寒い日でも、これくらい冷たくなくっちゃ」
「お仕事の帰りなんですか?」
「そう、お仕事の帰りです。……はあ、うまい。仕事で飲むビールと、終わってひとりで飲むビールって、やっぱ味が違うんですよねー」
 女性は本当においしそうに、のどを潤している。
「わ、これ、持ちやすーい」
「それ、使いやすいから、私好きなんです」
 はしきから箸を手に取った女性に、千絵は応じた。ふみの箸は六角箸だ。
「確か六角のお箸って、幸運を招くって言われてるんじゃなかったでしたっけ?」
 女性の言葉に、千絵は思わず顔を上げた。それは知らなかった。
「そうなんですか。じゃ、ここにもお客さまにも、幸運が訪れますね」
「きゃー、うれしい。クリスマスの翌日にあっちゃんと一緒に過ごせたら、サイコー」
「…………」
「私ね、好きな人がいて、告白したいんですけどー。あっちゃんっていうんですぅ」
 それこそいきなりの告白だった。あけっぴろげな女性に、千絵は少し戸惑う。
「私、見ての通りのお仕事なんですけど、クリスマスってうちら、かき入れどきじゃないですか。だから二十六日に、ふたりっきりで過ごせたらいいなって思ってるんですー」
 女性は酔っているのか、誰かに話を聞いてもらいたかったのか。
「でも、私なんかがコクったら、迷惑だろうなあって、がまんしてるんですー」
「どうして? 好きって言われたら、誰でもうれしいと思いますよ」
 女性の満面の笑みが少し消えた。
「だってね、私のママ、ほぼ寝たきりだし、パパは糖尿と心臓の病気があるから、注射とか見てあげなきゃだし」
「ご両親の介護をしてるんですか?」
 この若さでふた親のお世話を余儀なくされているとは。うなずく女性に驚きつつ、大根、牛スジ、がんもどきを入れた器を、千絵は女性の前に出した。
「朝七時に起きて、ママのオムツチェックとパパの血糖チェックをしないといけないから、早く帰らなきゃなんですけど、仕事のあとはどうしても、ひと息吐きたくなっちゃうんですよね」
「……大変ですね」
「しょうがないですぅ。だって親だもん。ママは私を四十二で生んでくれたんです。パパなんか五十で初めてパパになっちゃったから、私はメッチャかわいがられたんですよー」
 再び素敵な笑顔に戻り、女性は大根を吹き冷まして口に入れた。
「これおいしい。おだし、浸み浸み~」
 明るい女性に、千絵はぎこちない笑みを返した。
 自分が将来、母を介護することになったら、こんな風に明るく話せる自信はない。親への感謝を忘れない女性に、千絵は一種の尊敬の念を持つ。
「おひとりで介護してるんですか? ごきょうだいは? ほかに誰か頼れないんですか?」
「私ひとりっ子だし。しんせきとか、あんまいないし」
「……変なこと聞きますけど、いつから介護してるんですか?」
「高校一年の冬ごろ、かなあ」
「それじゃ、部活とか勉強とか、大変だったでしょう」
「だから高三になる前に、退学しちゃいました。お金もなくなったし」
 こともなげに言う女性に、千絵は絶句した。
「だからあっちゃんに、ずっと付き合ってほしいとは思ってないんです。だって病気の親がいる人生に付き合わせるの、悪いもん。でもせめて一日だけ、一緒に過ごしてもらえたらいいなあって」
 言うなり女性は、箸を両手に挟み、「よし、このお箸にお願いしちゃおう」と、拝むようなポーズを取った。
「ご両親の病気と恋愛は、関係ないと思います。誰にでも幸せになる権利はあるし」
「他人にはそう言いますよ、私も。でも、いざ自分のこととなると、ね?」
 女性は目で訴えるようにし、くしから直接牛スジをかじり取った。はなからあきらめモードの女性に、千絵は複雑な気持ちになる。
「失礼ですけれど、相手の方はお店のお客さんですか?」
「えへ、そうなんです。月に二、三回くらいしか来てくれないから、あんま会えないんです。仕事が忙しいんだって。あっちゃん、携帯電話関係だから」
「彼もあなたのことを、気に入ってる感じ?」
「うーん、どうでしょう。そう思いたいけど、誰にでもやさしいから、なんとも言えないですぅ」
 微苦笑で首をかしげた女性は、恋する女の子そのものだ。失礼ながらホステスさんと自分は、まったく種類の違う人間だと思っていた。恋のれ、男を転がす女――。そんなイメージが、頭にこびりついていた。
 しかしその偏見は、今、覆った。
「試しに誘ってみたらどうですか?」
「そうしたいけど、NOって言われたらショックで、立ち直れなくなっちゃうかも。……でも思い切って、言っちゃおうかなあ」
 女性はしゆんじゆんしながら、半分にしたがんもどきを口に入れた。「すっごい具だくさん」と、もごもごとしながら、器にこぼれ落ちたぎんなんや細切りきくらげを箸でかき集めている。この大きながんもどきは、千絵の自宅近くの豆腐屋の人気商品で、十種類もの具が入っている。
「……よかったら、彼と今後どうなるか、占ってみましょうか?」
 ついに言ってしまった。しかし千絵は、井波に励ましてもらったように、今度は自分が誰かを励ましたいと、考えていたのだ。
「実は私、占いもやってるんです」
「わ、そうなんですか。ラッキー。お願い、やって、やって。なにで占うんですか? 手相? タロット? 姓名判断?」
「あの、これです」
「は?」
「これ。おでんです」
 器のがんもどきを指した千絵に、女性は一瞬拍子抜けしたようだ。しかしそこは、やはりプロ。「昔、おでん占いってった気がするー」と、すぐに笑顔で言ってくれる。
 千絵は軽くせきばらいをして、声を低めた。
「お客さまが選ばれたのは、大根、牛スジ、がんもどきですね。これらは今の気分で選ばれましたか?」
「そうですねー。気分っていうか、食べたいなーと思って、注文しました」
 千絵はうなずき、それぞれのおでんだねのイメージを、頭をフル回転させて言葉に変える。
 おでん占いの発案者は、それぞれのおでんだねの主観的なイメージから、性格傾向を導き出したのではないだろうか。寝ぐせ占いやスイーツ占いも、またしかり。それなら自分にもできるかもしれない。千絵は会話から得られた女性の雰囲気に、様々な言葉を合体させてゆく。
「お客さまはさっぱりしてて、誰とでも仲良くできるタイプですね。……苦労人で、誰かの引き立て役を買うことも多いけど、いざとなると主役をはることもある」
「あたってるかも。サバサバしてるってよく言われます。でも主役になることって、あんまりないかな。脇役ですよ、脇役。私の人生」
 不安げだった女性の表情が、それでも明るくなった。多少なりとも、思いあたるところがあったのだろう。幸先がいい。
「……恋の行方ですけれど、情熱的にせまっていけば、相手も振り向いてくれそうですよ。主役になれるチャンスかもしれません。――ご両親のことかどうかわかりませんけど、なにか障害はありそうだから、慎重に行った方がいいでしょうね。……彼、ちょっと気難しい面がありませんか? 秘密――。隠しごとを打ち明けるのは、急ぎ過ぎない方がいいでしょう。でも意外なところから道が開けそうです。――困難は伴いますが、あなたはがんばりやさんみたいだから、きっと乗り越えられるでしょう。ご両親……お相手に負担になるかどうか、ふたりのやり方次第ではないでしょうか。もし告白したら、二十六日だけじゃなく、ずっとうまくいくかもしれませんよ」
 途中から神妙な顔で聞いていた女性だが、占い鑑定が終わると、そのまま押し黙ってしまった。
「……いかがですか?」
 千絵はとたんに不安になった。おでんなべからはほわほわと湯気が上がり、天井の黒いシーリングファンがゆっくりと回っている。
 おもてはどうやら風が止んだようだ。窓の外で揺れていた、向かいの建物の前に置かれた植木鉢の枝葉が、動きを止めている。
 千絵の脇の下に冷や汗がにじんだ。
「……あたってるかも」
 ずっとまばたきを繰り返していた女性は、やっと顔を上げた。
「私、あっちゃんに、親のこと一切言ってないし」
 初対面の人間に恋バナをするほど、自己開示の早い女性だが、好きな人には自分の境遇を話せないらしい。
「あっちゃん、気難しいとこ、あります。でもあっちゃんと私、なんとなく感覚が同じっていうか、変なとこで気が合うっていうか。そういうとこあるんです」
 なぜあたったのか不明だが、さも見通していたかのように、千絵はうなずく。
「私、主役になりたいんですよね。人生の主役に。ふたりのやり方次第って言われて、あっちゃんとならできるかもだったから、ゲッて思っちゃった……。なにげなく食べたいものを頼んだだけなのに、深層心理が出てしまうんですね、おでんって」
 女性は感極まったような様子である。
「そうですよね。私、それくらいのこと、望んでもいいですよね」
「そうです。遠慮することないです。みんな、幸せになるために生きてるんだから」
「ありがとうございます。……うん、私がんばる。なんだか元気が出ちゃった。明日あしたの朝、パパとママを怒鳴らなくてすみそう。……今日ここに来てよかった。へへ。ありがと、ふみさん」
「あの、私の名前は千絵なんです。ふみは祖母の名前。おでん、おばあちゃんの味だから」
「なーんだ。てっきりママさんの名前かと思っちゃった」
 涙を浮かべて笑った女性に、千絵は存外に喜びを覚えた。
 占いというツールを使うと、普通に励ますより効果的な気がする。そして人を励ませば、自分自身も励まされるようだ。
「また報告に来まーす」
 かわいい名刺を手渡され、喜んで帰って行くユキナを見送りがてら、千絵はおもてに出た。
 夜明け前の道路はひっそりとして、ひんやりした空気に全身が包まれる。頭がしゃっきりとし、気持ちが急に引き締まった。
「よおし!」
 千絵はひとり気合いを入れると、いったん店内に戻り、しばらくしてまた外へ出る。「おでん屋ふみ」の看板に「占いあります」とマジックで書いた紙を、試しにテープで貼ってみた。この位置か。もう少し下の方が、バランスはいいだろうか。
 明日からおでん占いを、この店の売りにしよう。お客さまを「観察」し、「古くて新しい」占いで「いやし」を提供、不幸な出来事は「運命」にして慰める。そんなことに、思い切って「挑戦」してみよう。みんなを励まして、私は「おもしろい女」になるのだ。
 千絵は「占いあります」と書いた紙をはがし、井波羊子の名前と連絡先を、あらためて見つめた。温かい手から受け取った、白い和紙のぬくもりがうれしかった。
 おばあちゃん。私、がんばるからね。
 暗い空には、星のひとつも瞬いていない。けれど祖母は、きっと見守っていてくれるに違いない。
 千絵は天に向かって笑いかけ、ひとつ身震いをして、店のドアを大きく開けた。

(この続きは本書でお楽しみください)

作品紹介



おでん屋ふみ おいしい占いはじめました
著者 渡辺 淳子
定価: 682円(本体620円+税)

しらたきを選んだあなた。「複雑に絡み合う――」という暗示が出ています。
「おもしろい女」になり元カレを見返してやろうと、北大塚で深夜のおでん屋を始めた千絵。しかし客足はイマイチ。ひょんなことから「おでん占い」を売りにして評判になったが、ワケアリ客も集まった! オネエなバーマスター、呑んべのビルオーナー、美容室の元気な母娘――各フロアにも癖のある面々が勢揃い。女将とOLの二足のわらじはいったいどうなる!? 大根、卵、しらたき……アツアツおでんを準備して、今夜も開店!
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