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試し読み

〈万里眼〉と呼ばれる凄腕の通信指令員が電話越しに謎を解く!『お電話かわりました名探偵です』1話試し読み!#3

Z県警本部の通信指令室。その中に電話の情報のみで事件を解決に導く凄腕の指令課員がいる。千里眼を上回る洞察力ゆえにその人物は〈万里眼〉と呼ばれている――。

「行動心理捜査官・楯岡絵麻」「白バイガール」などの人気シリーズの著者、佐藤青南さんの最新作は通信指令室が舞台の新感覚警察ミステリ! 電話の情報のみで事件を解決に導く凄腕の指令課員が活躍するエンターテインメント快作です。本作発売前に、特別に第一話を公開いたします。


書影

佐藤青南『お電話かわりました名探偵です』(角川文庫)


>>第2回へ

       3

 状況を把握しようとするかのような数秒の沈黙を挟み、通報者の声がした。
『え……どういうこと? 混線したの?』
「混線してはいません。三者通話に切り替えさせていただきました」
 いぶき先輩は言う。口調は大真面目だし話の内容も理路整然としているんだけど、声が幼いからなんか緊張感に欠けるんだよな。
『じゃあ、ケーサツの人……ってこと?』
 ちんにゆう者に驚いたというよりは、舌足らずな幼い声の持ち主が警察官というのが信じられないという雰囲気だ。
 だがいぶき先輩にとって、そんな反応は慣れっこらしい。淡々とした口調で、しかし謎へのときめきにひとみらんらんとさせながら、話を進める。
「そうです。家が盗まれたとおっしゃいましたね」
『そう、何度も言ってるんだけど』
「家というのは、どなたのお宅ですか。あなたの?」
『違います。私はただ通りかかっただけで。仕事から帰る途中だったんです』
 自分は無関係だと強調するような口調だった。
「ではどなたの?」
『知らないお婆さんの』
 意味がわからない。まゆをひそめる僕とは対照的に、いぶき先輩は小鼻を膨らませる。興奮したときに出る彼女の癖だった。この人は謎が大好物で、それが不可解であればあるほど燃えるらしいのだ。
『さっき知らないお婆さんに声をかけられて、家を盗まれたから警察に通報して欲しいって。自分は携帯電話を持っていないから、代わりに電話してくださいって頼まれて、それで私が電話しているんです』
「そのお婆さんというのは、近くにいらっしゃるんですか」
『もちろんです。かわりましょうか』
「お願いします」
 うなずくいぶき先輩の頰が、ほんのり赤くなっている。
 がさごそという音がして、別の女性の声がした。
『もしもし。お電話かわりました』
 さっきまでの女性よりも年齢を重ねたようなやや低くしゃがれた声で、ゆったりとした話し方だ。
「県警本部通信指令課の君野です。家が盗まれたとうかがいましたが」
『買い物から帰ったら、建物がまるごとなくなっていたんです。犯人を捕まえてください』
「ご自宅が盗まれているのに気づいたのは、いつのことですか」
『五分ほど前です。家がなくなって途方に暮れていたら、彼女が通りかかったので、一一〇番通報をお願いしました』
「買い物って、この時間に?」
 小声で疑問を口にしたのは、和田さんだった。ディスプレイの向こうから、興味深そうにいぶき先輩のほうをのぞき込んでいる。ヘッドセットを装着して、いまの通報をモニタリングしていたようだ。
 僕もその点は疑問に感じていた。すでに深夜十二時をまわったこの時間に買い物? コンビニなど、この時間に開いている店がないわけじゃないだろうけど、なんとなく違和感が残る。
「家を空けていた時間はどれぐらいですか」
 いぶき先輩が質問する。
『そうねえ……せいぜい三十分ぐらいかしら』
「買い物に出て三十分家を空けて帰宅したら、家がなくなっていた、と?」
『そうなの』
 おもしろくなってきたな、という感じで、和田さんが口笛を吹く真似をする。
 買い物に出た三十分の間に自分が住んでいた家がなくなるなんて、そんなことがありえるだろうか。いったいどういうことだ。
 頭を抱えたくなるけど、いぶき先輩は真剣な表情ながらも、キラキラと瞳を輝かせている。新しいおもちやを与えられた子供のようだ。実際、そういう感覚なのかもしれない。市民からの通報で謎解きをして楽しむなんて、僕には到底理解できないけど。
「いま、盗まれた家のあった場所にいらっしゃるんですか」
 いぶき先輩が身を乗り出すようにして、僕の指令台の地図システム端末画面を覗き込む。
 僕は床をって椅子のキャスターを転がし、場所を空けた。
 先輩が入れ替わりに僕のいた場所に立ち、中腰で僕の指令台に向かうかたちになる。自分の席から押し出された僕に、和田さんが困ったものだねという感じに肩をすくめた。
 困ってはいない。いぶき先輩は、謎に夢中になるとまわりが見えなくなる。けれど大事なのは一刻も早い真相の究明だし、難解な謎が解ける場面に立ち会えるのは光栄ですらあった。
 伝説の〈万里眼〉の謎解きを――。
 着任当初は下の名前が〈万里〉というだけで、利根山管理官が〈万里眼〉とばかり思っていたけれど、実際の〈万里眼〉はいぶき先輩だった。難解な謎と見ればほかの指令課員の通話にも介入し、通報者からもたらされる情報だけで、現場の捜査員を先んじて事件の真相を見抜いてしまう。まさしく千里眼を超える〈万里眼〉だ。
『ええ。その前に立っています。まっさらでなにもありません。空き地になっています』
「お名前、住所、電話番号を――」いや、と、いぶき先輩はかぶりを振った。
「携帯電話は持っていなくて、ご自宅も更地になっている。ということは、固定電話もなくなっているということですね」
『そういうことになります』
「ではお名前と住所を教えていただけますか」
『イワタヒデコ。漢字は岩石の岩に田んぼの田、日いづる子。住所は――』
 いわと名乗った女性の告げた住所は、GPSの発信地を示す赤い丸のすぐそばだった。自分の住所を勘違いしているというわけでもなさそうだ。だとすれば、本当に家が盗まれた……?
 そんな馬鹿な。
「失礼ですが岩田さん、同居のご家族はいらっしゃらないのですか」
 いぶき先輩が質問する。
 そうだ。地図システム端末画面を見る限り、岩田さんの住まいは一戸建てのようだ。同居の家族がいたとすれば、その家族はどうなったのだろうか。
『います。夫と三人の子供が』
 さすがのいぶき先輩も虚をかれたようにあごを引いた。僕は和田さんと互いの顔を見合う。
「ご家族は在宅なさっていたのでしょうか」
『夫は毎日仕事で帰りが遅いのでわかりませんけど、子供たちはいたと思います。こんな夜中に、小さな子たちだけじゃ出かけられないでしょう?』
 うふふ、という愉快そうな声を聞いて、僕はぞくりとした。家族ごと家がなくなったというのに、なんで笑っていられるんだ。
 ふと見ると、和田さんがなにかを察したように一点を見つめていた。
「どうしたんですか」小声でたずねる。
「いま、小さな子供って、言ったよな」
 あっ、と声が漏れた。
 たしかに言った。こんな夜中に、小さな子たちだけじゃ出かけられないでしょう。代理で通報してきた若い女性の言葉を借りれば、岩田日出子さんは「お婆さん」だ。小さな子供がいるような年齢じゃない。
「子供ってお孫さん……ってことですかね」
 僕の言葉に、和田さんはかぶりを振った。
「いや。孫なら孫って言うんじゃないかな」
「でも、子供とは言いましたけど、自分の子供とは言ってません。なんらかの事情でお孫さんを預かっているとか、あるいは子供たちの母親が亡くなって、祖母が育てているとか」
 ひそひそ声で議論する僕らをよそに、いぶき先輩は聴取を進める。
「わかりました。ありがとうございます。この電話の持ち主の女性にかわっていただけますか」
『もういいんですか』
「ええ。ご協力感謝します」
『私が噓をついていないことは、彼女に話を聞いてもらえればわかります。とても親切なお嬢さんで、信用できる方です。ぜひ彼女からも、いろいろ話を聞いてください』
「わかりました」
 ややあって、声が若い女性に戻った。
『もしもし』
「一緒にいる女性をお婆さんと言われましたが、具体的には何歳ぐらいに見えますか」
 言いよどむような間が空き、先輩が畳みかける。
「会話を聞かれていると思うと答えにくいでしょうから、はい、か、いいえ、でかまいません。五十歳以上に見えますか」
『はい。それはもう』
 自信満々の口調だった。いぶき先輩はその後も六十歳、七十歳と年齢を上げながら質問した。通報者はそのたびに「はい」と答え、七十歳以上に見えることがわかった。孫ならともかく、小さな子供のいるような年齢ではなさそうだ。
「次におうかがいしたいのですが、女性はどのような格好ですか」
『どんな……?』
 考えるような間があって、答えが返ってくる。
『どんなって言われても……普通ですけど』
「買い物袋など、荷物は?」
 あっ、と絶句する気配があった。
 僕と和田さんも通報者の若い女性と同じ反応だった。
「持っていないんですね」
『はい。そういえば……』
 岩田さんは買い物帰りのはずなのだ。それなのに荷物を持っていないのはおかしい。
「あなたにお願いがあります」
『なんでしょう』
 女性の声が緊張を帯びる。
「そちらに警察官が到着するまで、あと五分ほどかかります」
 いぶき先輩がカーロケータシステム端末画面をちらりと確認する。
「それまで、この電話をつないで、そのお婆さんと一緒にいてくださいませんか」
『えっ……』戸惑いが伝わってきた。『でもスマホの電池が、持つかどうか……』
 了承はしたが、説明を求めるような雰囲気だ。
「そのお婆さんは、認知症だと思われます」
 いぶき先輩の言葉に、僕は大きくうなずいた。
 たったの三十分買い物に出ている間に、自宅が消えるなんてことはありえない。だとしたら考えられる可能性は二つ。岩田さんが噓をついているか、自宅が消えたと本気で思い込んでいるか、だ。自宅が消えた、なんて噓をついて警察に通報することになんらメリットがあるとは思えないので、可能性が高いのは後者だろう。さらに通報者の女性から「お婆さん」と呼ばれるような年齢のはずなのに、岩田さんは自分には小さな子供がいると発言している。岩田さんは認知症で、過去の自分に戻っているんじゃないか。かつて、そこには本当に岩田さんの家があったのかもしれない。そしてだんさんと三人の子供との幸福な生活が存在したのだろう。だがそれはもう、なくなっている。子供たちが自立したり、あるいは仕事の都合などを理由に家族で引っ越すなどして、この家を手放した。けれど岩田さんは家を手放す前の自分に戻って、その場所を訪れた。そう考えれば説明がつく。
「近くに老人ホームはないけどな」
 和田さんが自分のスマートフォンの画面を見ながら、不可解そうにまゆゆがめる。
「介護施設に入所しているとは限りませんよ」僕は言った。
「そっか。自宅で介護されている可能性もあるよね……だとしたら現在の住まいを探すのは難しい」
「この時間に出歩いているぐらいだから、家出人などの届けが出ているかもしれません」
「そうだ。いずれにせよ、すでに警官が向かっている。このまま通報者の女性がお婆さんと一緒にいてくれれば、保護できる」
 和田さんは少しほっとした様子で口角を持ち上げた。
 外出中に自宅が盗まれたなんて突拍子もない通報だけど、おかげで認知症のお婆さんを保護できるのなら、それは幸運だったと言えるかもしれない。お婆さんが家を盗まれたなんて言い出さなければ、その機会はなかったのだから。
 そして幸いなことに、通報者の女性も親切そうだ。
『そういうことならわかりました。警察の方が到着するまで、お婆さんと一緒にいます』
 いぶき先輩の申し出を快諾してくれた。
「ありがとうございます」
 先輩は相手から見えてもいないのに頭を下げる。「では、あなたのことについて、教えていただけますか」
『私のことですか』
「はい」
『でも私はただの通りすがりで、お婆さんとは関係ありません』
「承知しています。手続き上の形式です。ないとは思いますが、万が一、後日事情を聞くためにご連絡することがあるかもしれませんので」
『教えないと駄目ですか』
「できればご協力をお願いします」
『はあ……』
 明らかに気乗りしていない。警察に個人情報を伝えるのは気が進まないかもしれないけど、いぶき先輩は語り口が柔らかいし高圧的な態度とはほど遠いのに、そこまで露骨に態度に出さなくても。
「お名前を教えていただけますか」
 ちゆうちよするような間があって、女性は名乗った。
『マキムラアヤメ、です』
 どういう字ですかと、いぶき先輩にたずねられ、牧場の牧、村人の村、彩りに果物のいちごという説明が返ってくる。まきむらあやか。彩苺でアヤメと読むのはかなり珍しい。もしかして偽名かな。あるいは、アニメとかドラマとかのフィクションに登場するキャラクターかも。
 そう思った僕の疑念は、牧村さんが告げた住所を聞いてさらに深まった。
 かなり遠いのだ。彼女は徒歩で、仕事から帰る途中だと言っていた気がする。だからてっきり、発信地点の近所に住んでいるとばかり思っていた。なのに、彼女が申告した住所は、発信地点から五キロほど離れた場所だった。
「歩いて帰るような距離じゃないよな。しかもこんな遅い時間に」
 和田さんがこぶしを口にあて、まゆを寄せる。
 僕もそう思う。たんに健康のために長い距離を徒歩で帰宅しているだけかもしれないけど、こんな深夜に若い女性が長距離を徒歩で帰宅するなんて不用心だ。それにいぶき先輩から個人情報をかれたときの抵抗を思い出すと、なにかあるのではないかと勘ぐってしまう。
 けれど彼女は善意の通報者であり、警察の協力者だ。なにか不都合な事実を隠しているとしても、この電話で追及する道理も、その必要もない。
 牧村さんがいぶき先輩に伝えた個人情報がどこまで真実なのか怪しいし、会社からの帰宅途中と言いながらなぜ自宅から五キロも離れた場所にいるのかも謎だけど、なにか事情があるのだろう。彼女がいなければ、岩田さんを保護することもできなかった。
 いぶき先輩も、とくに引っかかった雰囲気でもなく聴取を続けている。その内容はおもに岩田さんに声をかけられたときの状況の確認で、牧村さんの素性を探るような質問はまったくない。牧村さんも一生懸命記憶を辿たどってくれているようで、聴取に応じる姿勢からは誠実さを感じた。
「お婆さんは、まだそこに?」
 いぶき先輩がそう確認したのは何度目だろう。警官に岩田さんの保護をさせようとしているのだから、いなくなったら大変だ。僕もカーロケータシステム端末画面を確認しながらハラハラしていた。だがあと一分足らずで警官が到着する。もうすぐだ。
『います。ちゃんと見てますから』と告げた後で、ふいに牧村さんの声がかげる。『あのお婆さん、本当に認知症なんですか』
「おそらくそうではないかと。わずか三十分外出している間に住んでいた家が跡形もなくなるとは考えにくいので……実際に現場をご覧になっている牧村さんは、どうお考えですか」
『ここに三十分前まで家が建っていたなんて、とても信じられません』
「だとしたらやはり、認知症ではないかと思います。岩田さんは以前、そこに建っていた家に住まわれていたんでしょう。自宅に帰ったつもりが、すでにその家は取り壊されていた。だから家を盗まれたと言い出したんだと思います」
『帰りたいのに、帰れなかった……』
「当然そこにあると思っていたものがなくなっていたと知って、岩田さんはショックだったでしょうね」
 牧村さんの呼吸だけが聞こえている。なにかを言おうとするけど言い出せないといった雰囲気の、やや乱れた息の気配だった。
 どうしたんだろう。
 なぜ彼女は急に黙り込んでしまったのか。
『あ。パトカー、来ました』
 牧村さんの声が弾んだ。
「ご協力ありがとうございました。最後にもう一つ、お願いがあります」
『なんでしょう』
「未成年がこんな時間に外を出歩くのは危険なので、到着したパトカーで自宅まで送ってもらってください」
 電話の向こうで絶句する気配がする。
 僕と和田さんも同じ反応だった。
 ――いったいどういうことだ?

(つづく)

佐藤青南『お電話かわりました名探偵です』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000373/


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