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試し読み

いい隙間を見つけると、胸が躍った。【呉勝浩『素敵な圧迫』試し読み#6】

『爆弾』『スワン』の気鋭が放つ超弩級のミステリ短編集
呉勝浩『素敵な圧迫』

――天秤の片方に、人生の破滅がのっている。

『爆弾』『スワン』でミステリ界に衝撃を与えた呉勝浩さんの新作は、珠玉のミステリ短編集『素敵な圧迫』(2023年8月30日刊行予定)。刊行を記念し、表題作「素敵な圧迫」を特別公開します。物語に翻弄される快感と、胸を貫くカタルシスをご堪能ください。



呉勝浩『素敵な圧迫』試し読み#6



 晴れ晴れとした日曜の昼過ぎ、おめかしをした広美はマンションにタクシーを呼んだ。ドレスをまとうのは久しぶりで、ちょっとそわそわした気持ちでシートに座った。
 住宅地を抜け、大通りに出る。道は混雑していた。とろとろと、広美を乗せたタクシーは進んだ。
「まーた、変な法律が通っちゃったなあ」
 ふいに運転手が声をあげた。彼の目は、ニュースを報じるカーラジオへ向いていた。
「お客さん。これ、まずい法律みたいですよ」
「どうまずいんです?」
「そこは難しくてよくわからないんですけど」
 運転手がかぶりをふった。
「でも、どうにかしないといけませんよ」
「どうにかって?」
「いや、それは、よくわかりませんけども」
 彼が盛大なため息をつく。
「あー嫌だ嫌だ。あくせく働いているうちに、どんどん変な世の中になっちまってね。気がりますよ。ねえ、お客さん、そう思いません?」
 そうですね、と返しながら、自然と笑みがこぼれた。
 なるほど、それもアリかもしれない。
 遼と出会ってからの二年半で、広美は学んだ。素晴らしい圧迫は、肉体に限らないこと。やりすぎれば危険が伴うこと。
 次はもっと上手くやれる。しかしそんな出会いが、そうそうあるとは思えない。今日この日を最後に、味気ない生活がつづくのだとあきらめかけていた。
 けど、そうか。生きていればいいだけなんだ。そうすれば向こうから、圧迫は勝手にやってくる。
 できるだけ安全に、末永く、包まれてやろう。
「ラジオ、もう少し音をあげてくれます?」
 フロントガラスの向こうに、背の高いビルが見えた。駅のそばの、高級に入る部類のホテル。風間遼と花岡紗彩の結婚式に、広美は向かっている。

(ほかの短編は書籍にてお楽しみください)

作品紹介



素敵な圧迫
著者 呉 勝浩
発売日:2023年08月30日

『爆弾』『スワン』の気鋭が放つ、超弩級のミステリ短編集
「ぴったりくる隙間」を追い求める広美は、ひとりの男に目を奪われた。あの男に抱きしめられたなら、どんなに気持ちいいだろう。広美の執着は加速し、男の人生を蝕んでいく――(「素敵な圧迫」)。

交番巡査のモルオは落書き事件の対応に迫られていた。誰が何の目的で、商店街のあちこちに「V」の文字を残したのか。落書きをきっかけに、コロナで閉塞した町の人々が熱に浮かされはじめる――(「Vに捧げる行進」)。

ほか全6編を収録。
物語に翻弄される快感。胸を貫くカタルシス。
文学性を併せ持つ、珠玉のミステリ短編集。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000843/
amazonページはこちら


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