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試し読み

学園で起きた連続自殺事件。彼らの死は本当に自殺だったのか――? 2020年のミステリ界で話題沸騰、浅倉秋成『教室が、ひとりになるまで』 大ボリューム試し読み第2回!

「2020本格ミステリ・ベスト10」13位に入るなど
2019年2月に刊行された『教室が、ひとりになるまで』が話題の浅倉秋成さん。
本作は第20回本格ミステリ大賞と、第73回日本推理作家協会賞
長編および連作短編集部門の候補作にも選ばれています。
本格ミステリとしてはもちろんですが、青春小説としても傑作の本作。
今回は特別に第一章を全文試し読みとして公開いたします。

>>前話を読む

 ◆ ◆ ◆

 2

 美月の家に上がるのは、実に小学生のとき以来だった。
 彼女は準備をするからと言って十分ほど中に閉じこもってから、501号室の前で待っていた僕をリビングへと通した。ようやく姿を現した美月は、黒いTシャツに水色のハーフパンツというシンプルな格好をしていた。黒い髪は学校に来るときとは異なり、後ろで一本に縛っている。
 およそ一週間ぶりに見る彼女は明らかに生気を失っていた。頰がけていたりだとか、黒々としたくまができていたりというようなわかりやすい変化こそなかったが、そこには確かな欠落と減退とがある。丸くて大きなひとみは心持ち細くなり、白く美しかった肌は二段階ほど暗いトーンに落ち着いてしまっている。厚い化粧をして学校に来るような生徒ではない。よってそれがすっぴんか否か、という問題ではないことは明白だった。僕は万全の状態ではない彼女の姿をまじまじと見つめるのも悪い気がして、目のやり場を探すように部屋の中をぐるりと見回した。室内は薄暗かった。照明のついていない室内では、カーテンの隙間からわずかに差し込む日光だけが唯一の光源だった。
 久しぶりの白瀬家はもう少し僕に懐かしい記憶を思い起こさせてくれるものと思っていたのだが、予想したほどの感動はなかった。淡くこうをくすぐるほんのりとした柔軟剤のような匂いだけが、かすかに記憶の栓をくすぐるにとどまった。懐かしいような、気がする。
 氷の浮かんだ麦茶を差し出される。彼女が僕の正面に腰掛けてから、またしばらく沈黙があった。仕方なくこちらから会話の糸口を探す。
「さっきの話だけど……」
 美月はひとつ頷いてから口を開いたが、すぐに言葉に詰まってうつむいてしまう。両手で顔をぬぐうようにしてから深呼吸をし、瞳に涙を浮かべながら慎重に言葉を重ねていった。
「本当は……本当は学校に行って、ちゃんと私が責任を持って対処しなくちゃいけないのはわかってる。私が……悪いんだから。でも、どうしても怖くて、誰にも相談できなくて」
 そんな自戒の言葉から、美月の話は始まった。
 事の発端は先日開催されたAB組合同のレクリエーション企画だった。僕ら二年A組と隣のB組は定期的に合同でレクリエーション企画を実施しており、二週間前の六月十四日は、校庭にて仮装パーティが開催された。パーティといってもしよせんは生徒主催の小さな催しなので、ただ単に好きな仮装(コスプレといったほうが実態に即している気がする)をして軽食をとりながら騒ぎましょう──と、その程度のイベントだった。
 多くの生徒が思い思いの仮装を楽しむ中、美月は友人たちと誘い合わせて、とあるアイドルユニット風の衣装をこしらえた。パーティが始まって数時間。数え切れないほどの写真を撮影し終えた彼女は、ミネラルウォーターを持って一人、校庭の隅に設置されているベンチに腰掛けたそうだ。午後六時すぎ。緩やかに日が傾き始めた頃だった。
「突然、後ろから肩をたたかれたの」美月はそのときの様子を振り返る。「それで、耳元でささやかれた。『ねぇ、白瀬さん』って。誰もいないと思ってたから私、ものすごく驚いちゃって」
 完全に気を抜いていた美月は慌てて後ろを振り向いた瞬間、さらに驚かされた。彼女の後ろに立っていたのは──
「死神だった」
 言うまでもなく、正確には死神の仮装をした生徒がいたということだ。しかしそのときの美月には、それが本物の死神にしか見えなかったという。一見して高価だとわかるつややかな黒のローブをまとい、顔には精巧などくの仮面を着けていた。手には鎌も持っている。見ているだけで目が切れてしまいそうな、寒気がするほど鋭利な刃がついていた。今が仮装パーティの最中だということをどうにか思い出すと、美月はようやくぎこちない笑みを浮かべた。
「びっくりした……驚かさないでよ。すごいね、それ」
 この時点で美月は、死神の正体が誰であるのか把握できていなかった。顔は仮面に覆われている。声は女性のものであったが、誰の声であるのか判断するのは簡単ではなかった。あの子はナースの格好をしていたから違う。あの子は魔女の格好をしていたから違う。あの子は──考えても考えてもわからなかった。しかし『あなた誰?』という冷たい一言は、せっかく話しかけてくれた相手の気分を害してしまうような気がして、口にできなかった。
「白瀬さん」
 あまりに凶悪な見た目に対して、声は女性というギャップがとんでもなくこつけいで、異様で、でもだからこそ、自分でも不思議なほど怖かった。
「殺して欲しい人とか、いる?」
 あっけらかんと放たれた残酷な台詞に、美月は一瞬だけ言葉に詰まってしまう。
「……何それ? 死神だから殺せるの?」
「そう。死神だから殺せるの。誰でも、簡単に」
「……ちょっと、縁起でもないよ」
 美月が笑みを薄くしてそう注意したのも当然の話だった。この仮装パーティの一週間前にはA組の村嶋竜也が、そしてさらに二週間前にはB組のばやかわ燈花が相次いで自ら命を絶っていた。同級生が死んで間もないのに仮装パーティを開催するのは不謹慎ではないか──そんな声が一部からあがりながらも、中止は天国の彼らも望まないだろうという判断が下され強行された仮装パーティだった。死んでしまった二人は仮装パーティの企画立案を率先して行っていた、クラスの中心人物だったからだ。
 よって冷静になるまでもなく、死神の発言はもちろん、そもそも死神の仮装というものがこの場において極めて不適切なものであった。美月は過度に険悪な空気が流れぬよう表情だけは整えていたが、内心、言いようのないやるせなさを感じていた。
「実は──」
 死神は朝礼台のほうを見つめながら言った。視線の先ではいまだに写真を撮り合って騒いでいる生徒たちがいたが、どうやら死神が見つめていたの彼らではないようだった。死神は、朝礼台の上に飾られていた二人の遺影を見つめていた。
「村嶋竜也と小早川燈花。あの二人、自殺なんかしてないの」
「……え?」
「私が、殺したの」
「……冗談でも、よくないよ」
「冗談なんか言ってない」死神は再び顔を美月のほうへと向けた。髑髏にうがたれた二つの黒いくぼみが、美月のことを吸い込むように見つめていた。「私にはちょっとした特殊能力が備わっていて、それを使って二人を自殺に見せかけて殺したの」
「やめて」美月はそこでまゆをひそめ、わかりやすく不快感を示した。「さすがに、笑えない」
「白瀬さんこそやめて。私、笑わせようとなんてしてない。事実を語っているだけ。もっと真面目に聞いたほうが、あなたのためにもなるよ」
 美月の体は寒気に震え始めた。死神はまた騒ぐ生徒たちのほうへと顔を向けてから言った。
「次に殺す相手も、すでに決まってるの。まずは高井健友」
 美月は思わず高井の姿を確認してしまう。スーパーマリオの仮装をした彼は、いつものように楽しげに手を叩きながら友人たちとげらげら笑い合っていた。
「その次が、悩みどころなんだけど──」死神は美月の肩に添えたままだった手に、わずかだけ力を込めてみせた。「候補は二人いるの。どちらかには確実に死んでもらわなくちゃいけない。でもたぶん、両方に死んでもらう必要はない」
「……この話、やめよう」
「一人目の候補は山霧こずえ。そして二人目の候補者は──あなた。白瀬美月」
 高井のすぐ隣に山霧こずえの姿も確認できた。美月は唇をむ。
「どっちにしたらいいと思う──なんて質問は、少し意地悪だよね。あなたが何も言わないなら、山霧こずえにしておくけど、それでいいよね?」
「……あなた誰?」
「山霧こずえでいいのね?」
「……答えて、誰なの」
「山霧こずえの代わりに私を殺して欲しいとは言えない、それで大丈夫ね?」
「……いい加減にしてよ」
「わかった。ありがとう」
 死神は笑った。もちろん髑髏の仮面は笑わない。仮面の奥からどこか楽しげな吐息の音が漏れてきただけだったが、彼女が笑っているのは間違いなかった。死神はその場を去って行く。誰もいない校舎裏のほうへと向かう背中に、美月は何度も「誰なの」と声をかけ続けたが、死神は返事をすることも振り返ることもなかった。
 午後七時になると、何事もなかったように仮装パーティは終わる。死神とのやりとりは瞬間的には胸に大きな不安を残したが、家に帰ってに入り布団に潜る頃になると、さいな思い出の一つになっていた。胸の隙間に挟まった、小さな、小さな、石ころ程度の異物感。土日を挟んで月曜日の登校時、高井健友や山霧こずえとあいさつを交わしたときにほんの少し思い起こされるものはあったが、気味の悪さや嫌な予感といったものはほとんどなかった。
 しかしその日、死神の予告どおり高井健友が空き教室の窓から飛び降りて自殺してしまうと、状況は一変した。
 死神の話はすべて本当だったのだ。
 美月は確信せざるを得なくなった。死神の言ったとおり、高井健友が死んだ。なら、次に殺されるのは──
『一人目の候補は山霧こずえ。そして二人目の候補者は──あなた』
 翌日から美月は学校に顔を出せなくなってしまった。
 そして、現在に至る。
「本当にあの死神が、何らかの特殊能力を使って健くんを自殺に見せかけて殺した──そうとしか思えない」
 リビングに通されてから、すでに三十分以上が経過していた。二人きりの室内では掛け時計の針の音が必要以上にうるさく響いていた。カチカチというよりは、とん、とん。沈黙を数えるように、どこか気だるげに時を刻む。麦茶はだいぶ前に飲み干してしまった。
「それを止められなかった私も……ほとんど同罪。自分が殺されるかもと思ったら怖くて学校には行けない……でもこずえが殺されるのは絶対に止めたい。すべてをみんなに打ち明けたほうがいいのはわかってる。でも健くんの時に何もしなかったことが知られたら、みんなに責められそうな気がして、そんな些細なことを怖がっている自分自身に嫌気がさして、部屋に閉じこもり続けて、毎日がただすぎていっちゃって……。ごめん、話がまとまんなくて」
 確かに整理された話ではなかったが、言いたいことはおおむね把握できた。僕は美月にそれ以上の言葉は必要ないと伝えながら、『みんなに打ち明けたほうがいいのはわかってる』『みんなに責められそうな気がして』の『みんな』という言葉の中に、僕は含まれていないのだなとどうでもいいことを考えていた。
「どうしたらいいかわかんない……でも垣内、お願い。こずえを守ってあげて」
 美月の話を最後まで聞いた僕の胸をいっぱいにしたのは、驚きでも、恐怖でも、ましてや山霧こずえを意地でも守らなければという青臭くて美しい使命感でもなくて、言いようのない虚無感だった。
 それを表情に出さないよう、けんに力を入れてわざとらしいほどのしわを寄せる。
 改めて腕を組んで考え直すまでもなく、A組とB組の生徒が一カ月の間に三人も連続して自殺したことは、とんでもない異常事態だ。さすがにワイドショーのネタにこそなっていなかったが、小さなネットニュースの記事になっているのは先日クラスメイトのそのかわが教えてくれた。様々な人たちが、様々なことを邪推してみたくなるのもわかる。
 それでも、死神が特殊能力を使用して殺したのだ、などという話をされてしまっては、返す言葉もない。美月はいわゆる不思議ちゃんでもなければ、きでもない。本当に心の底から動揺し、錯乱してしまっているだけなのだろう。
 死んだ小早川燈花、村嶋竜也、高井健友──いずれの人物にしても、僕より美月のほうがずっと親しかったので、僕がことさらに声を荒らげる気にはなれない。内情をどれだけ知っているのだと言われれば返す言葉もない。それでも、こんな都市伝説めいた陰謀論を説き始めてしまうというのは、あらゆる意味で褒められた行為ではないはずだ。不運なことに飛び降りる瞬間を目撃してしまった生徒もいる。三人ともそれぞれ遺書を用意していた。自殺直後には警察がやってきて何日もかけて細かな調査をしていき、事件性なしだと判断した。
 三人は間違いなく、自殺したのだ。
 しかし、そんな正論を三人の友人を失って混乱する相手に突きつけるのも酷な話だ。一週間以上学校を休んでいる美月は明らかに冷静な判断能力を欠いている。僕はなるべく当たり障りのない慰めの言葉を残して、501号室を後にした。
 山霧さんについてはなるべく危険な目に遭わないよう、注意しておくよう心がけるよ。白瀬が会ったという死神の話はものすごく興味深いけれども、たぶん今回の件とは無関係だ。白瀬は悪くない。責任を感じる必要もない。ゆっくり体調を整えて、時期を見て学校に顔を出したらいい。みんな待ってるからさ、
 美月は俯いたまま、何も言わなかった。

(第3回へつづく)



浅倉秋成教室が、ひとりになるまで』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000178/


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