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試し読み

サークルに入らない大学生は友達も恋人もできず、就職にも失敗して死ぬ。怯える日野たちの前に現れたのは――渡辺優『きみがいた世界は完璧でした、が』試し読み②

「復讐に燃える女子高生」という強烈なテーマのデビュー作『ラメルノエリキサ』が話題となった渡辺優さんの最新作『きみがいた世界は完璧でした、が』が3月19日に発売となります。
大学のサバゲ―サークルで、かつて熱中していたゲームのヒロインにそっくりな美少女・エマに恋をした主人公の日野。二度告白するも振られ、今後は彼女を遠く見守ろうと決意した矢先、彼女に害をなすストーカー犯が現れる。犯人を絶対許さないことを決めた日野は、次第に暴走してゆき――。
発売に先駆け、本作の魅力がたっぷり詰まった第一章をまるまる大公開!
痛快な毒とユーモアがたっぷり詰まった本作、ぜひお楽しみください。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

>>前の回を読む

 ――一年前。
 入学式から数日が経った午後。
 使い方を覚えたばかりの食堂で、俺はヤマグッチと一緒にいました。ヤマグッチは高校からの同級生で、本名は山口。
 俺たちは焦っていました。そろそろ入るサークルを決めなければと思っていたのです。地元で仲の良かった友人が同じ大学、同じ学科にいたことはとても嬉しい、心強いことでしたが、それにしたっていつまでも男ふたり、すでに見慣れた互いの顔だけを見て新たな大学生活を浪費するのは絶対に嫌でした。そんな状況が長く続けばいずれ互いを心の底から憎み合い嫌悪し合う未来が見えるってものです。俺たちはなにか新しい、フレッシュで刺激ある都会の大学生的な出会いを求めていました。
 うちの大学は、公式に二日間の新歓期間が設けられています。期間中、サークル棟周りでは大々的にビラ配りやブース展開等の、新入生の勧誘が行われます。今日がその最終日となる土曜日だというのに、俺たちはまだなんの心も決められず、雑多な人ごみの中、差し出されるチラシをひたすら受け取るだけで、どこのサークルのブースにも積極的に声をかけられずにいました。
 このままではサークル難民になる。サークルに入らない大学生は友達もできず、恋人もできず、美味しい情報を持つ先輩とのコネもできず、退屈で刺激のない大学生活を送ったのちに就職にも失敗して死ぬ。そんな怪談を信じて怯えるくらいに、ヤマグッチも俺もピュアでした。金がないため学食の無料ウーロン茶だけを手に、俺たちは一面ガラス張りの食堂、東端の席に座っていました。テーブルの上には、ここ二日で互いが入手したサークルのビラ。あらゆる可能性へとつながるそれらの紙切れを、ヤマグッチは真剣な目で睨んでいました。
「運動系は止めよう」
 かしこまった声でそう決断を下したヤマグッチは、熱いお茶を音を立ててひと口、飲みました。
「ナイス」
 俺は答えました。もし彼が運動系のサークルに入ると言い出していたら、結んだばかりの「とりあえずまあ同じサークルに入っとこう協定」をさっそく破棄する心持ちでしたから。俺は一年生で必修となっている体育の授業を最後に、運動とは縁を切るつもりでした。人間には向き不向きというものがあります。俺ってどうも、生まれつき運動向きのフィジカルじゃあないっぽいんですよね。
「だよな。怠いよな」
「ああ、怠い」
「ガチすぎるのも嫌だしチャラすぎるのも嫌だし。俺、付き合うなら文系の女子がいいし」
 進学と共に同級生の彼女と別れたヤマグッチは、サークルにしろバイトにしろ第二外国語にしろ、なにかを選ぶ基準の柱が女子との出会いとなっていました。軽薄じゃないのヤマグッチ、と思わなくもないですが、かくいう俺も、まあそれに類する期待が皆無ではない。全くやぶさかではない。
 俺たちは工学部情報工学科の学生らしく、テーブルの上のチラシをフラットな目線で、ゼロと一に仕分けることにしました。主な活動内容が運動系のものはゼロ、それ以外は一、です。まだなんの授業も受けていないので詳しいことはアレですが、情報工学的にはそういう分け方になる感じがします。一に分類されたチラシを、更に女子との出会い率など複数の因子を加え選別します。二進法はすべてを解き明かすのです。情報工学的に。
「お前情報工学的って言いたいだけやろ」
「オーケー、それは認める。でも東北出身で東京在住のヤマグッチが関西弁を使うのはどうかと思う」
「別にええやん」
「駄目やん。あかんやん」
「方言女子っていいよな。京都とか。沖縄とか」
 ヤマグッチはもはやなんの話をしていても女子の話題に着地する、高性能の渡り鳥的回路が組み込まれたドローンのようです。彼は染めたばかりの茶色い髪を指先でいじりながらチラシの一枚を手に、「ボランティア系は軽めの美人が多そう」と偏見と願望にまみれた見解を示しました。
「あの」
 ゼロと一に分けられた紙束の上に、突如影が落ちました。顔を上げると、男がふたり、立っていました。声をかけてきたのは、おそらく手前に立つ、中肉中背のオールバックの男。迷彩柄のヘアバンド的なもので留めているその頭を、俺はつい注視してしまいました。一糸乱れぬ、完璧なオールバック。
「一年生? だよね」
 俺とヤマグッチの顔を交互に見比べながら、オールバックは言いました。「はい」、と俺が答えると、彼はフレンドリーとも尊大ともとれる笑顔を見せました。
「サークル決まってない? ならさ、見学だけでも来てくれない?」
 ヤマグッチが、こちらに目配せを寄越しました。彼の瞳は、「微妙」という気持ちを如実に物語っていました。ヤマグッチが乗り気になれない理由は、こちらのオールバック先輩からも、その後ろで絶えず鼻を触っている小柄で寡黙な雰囲気の先輩からも、女子との交流が盛んな気配が全く感じられないからでしょう。俺は、「まあまあそう言わず話だけでも聞きましょうよ」という視線を返しました。このふたりが運動系のサークル所属でないことは、そのゆるやかな体型から明らかでした。そして俺は何となく、彼らの醸し出す空気に親しみを感じていました。オタク・フィーリングを感じる。
「なんのサークルですか?」俺は訊ねました。
「サバゲーサークルだよ。サバイバルゲーム」
 サバイバル・ゲーム。俺はオールバック先輩のヘアバンドの迷彩柄に再び目をやりました。キャンパスの中ではどこにもカムフラージュできそうにないグリーン迷彩です。「あ、マジっすか」と、意外にもヤマグッチが食いつきました。
「俺モデルガン何個か持ってます。あ、でもぜんぶ実家だな」
「マジで? 経験者?」
「いや、ちゃんとはやったことないですね。的に撃つくらいで」
「いや、やっぱ銃は人間撃たなきゃ」
 先輩は超怖いことを言いました。そこで、彼の後ろに控えていた小柄な先輩が、初めて口を開きました。
「これ……チラシなんで」
 三日ぶりに喋ったかのような掠れた声で差し出されたそれを、ヤマグッチが受け取ります。ちらりと見えた紙面には、中央に大きな手書きの文字で、「銃」とありました。うわあ! ダサいな! と俺は心の中で叫びましたが、そのダサさもなんだか俺向きな気がして悪くないように思えます。むしろ良い。
「今日は終日、このC401ってとこで新入生向けの説明会やってるから。ていうかホントは別にいつでもやってるんだけど」
 よろしく、頼むよ、来てね、きっと来てよね、と何度か念を押して、先輩たちは去っていきました。ヤマグッチは残されたチラシを真剣な目で見つめ、「女子はいなそうだよなあ」と眉根を寄せました。
「サバゲー女子とか流行ってるって、なんかで見たけど」
 俺はぼんやり呼び起こされた記憶を伝えました。
「マジで?」
「いや、でも、数年前の情報かな」
「うーん……あ、でもあれだ。自由参加で、掛け持ちオッケーだって」
 ヤマグッチが指し示した箇所には、『完全自由参加! 辛い練習一切必要なし! 掛け持ちオッケー! 他サークルの息抜き、暇つぶし感覚で大丈夫です!』と、卑屈ともいえるアピールポイントが記載されていました。「サバゲーちょっとやってみたかったんだよな」と、目を細めるヤマグッチ。高校時代、俺モデルガン持ってるぜ、と彼がなにかのときに自慢してきたのを思い出しました。マジかよめっちゃ羨ましい、と感じたのを覚えています。俺はモデルガンに手を出したことはありませんが、撃鉄が起きて引き金が引ける、リアルなリボルバーの形をした真鍮のキーホルダーや、なんの変哲もないシンプルなキャンプ用のナイフなんかをとても大事にしていたことを、思い出しました。
「どう思う?」
 俺はピュアな少年の心がくすぐられるのを感じ、ヤマグッチがまだ女子との出会い以外にも興味を持てたことに純粋に安堵し、サバゲーサークル『クライス』説明会への参加に賛同したのでした。

(つづく)


書影

渡辺優『きみがいた世界は完璧でした、が』
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


渡辺優『きみがいた世界は完璧でした、が』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000498/


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