息が詰まるようなこの場所で

「タワマン文学」の先駆者、窓際三等兵による初の長編小説!『息が詰まるようなこの場所で』外山 薫 試し読み
「さやかちゃん、明日の高杉さんち、何か手土産持っていく?」
四月下旬。昼休みになったのでスマホを机から出すと、ポロンという音とともにチャットアプリの通知が画面に表示された。差出人は伊地知理恵だ。充の同級生の母親で、ともにPTA役員を押し付けられた仲間でもある。四十歳を超えてちゃんづけもどうかと思うが、同い年の理恵はさやかにとっても貴重なママ友で、保育園時代から含め、十年近い付き合いとなっていた。
PTA会長となった高杉綾子は意気揚々と、今後一年間の活動について話し合うために第一回の役員会を開こうと提案してきた。問題は場所だ。綾子が指定してきたのは、学校のPTA室でも近所のカフェでもタワマンのラウンジでもなく、自宅だったのだ。旦那が開業医で裕福な高杉家はローゼスタワーの最上階に住んでいた。
同じタワマンでも、高層階と低層階には文字通り、天と地の差がある。眺望が良いのはもちろん、一戸あたりの面積もゆとりをもって設計されているし、住宅設備の仕様も違う。部屋の価格も段違いだ。以前、高杉家の一階下の部屋が不動産ポータルサイトで売りに出ていたが、二億五千万と表示されていた。プロ野球選手の年俸でしか見たことのない数字だ。
充は高杉家長男の
「隆君ちすごいんだよ、リビングでラジコンのレースができるんだよ!」
と目を輝かせて教えてくれる。そういった話を聞くたび、ラジコンどころか正月の書き初めの宿題のたびにソファを動かしている、低層階60平米2LDKの自分たちの部屋と比較されているようで胸の奥にザラザラした感情が生じる。
「相手は高杉さんだし、一応手土産持っていったほうが良いかもね。仕事帰りに私が適当に選んでおくから、一緒に買ったことにしよっか」
さやかはこう返信すると、ため息をついた。正直に言って、面倒くさい。大学や職場の友人ならいざしらず、相手が高杉家となると下手なものは持っていけない。インスタを開き、綾子のアカウントを覗く。春服のコーディネートや豪華な手巻き寿司パーティーなどに混じって、カラフルなマカロンの写真があった。他に菓子の写真は見当たらないが、少なくともマカロンは駄目だな。元読者モデルの綾子のインスタはフォロワーも多く、ちょっとしたインフルエンサーとなっている。一応アカウントを持っているものの、外食したときのランチの写真を投稿するだけのさやかとはまったく別次元で、生活レベルの差が一目瞭然だ。
ケーキにすると用意してあった場合に面倒だし、適当な洋菓子を見繕うか。とりあえず、帰りに東京駅の大丸に寄らなければ。時間がないから、夕食も冷凍食品の炒飯と餃子で済ませるか。今日のランチをどうしようかというウキウキした気分はどこかに霧散した。
「タワマンには三種類の人間が住んでいる。資産家とサラリーマン、そして地権者だ」
一昔前、下世話なネットニュースで読んだフレーズだが、ローゼスタワーの住民を分類する上で、これほど適切な表現もないだろう。資産家とは開業医や企業経営者、スポーツ選手やタレントなどいわゆる富裕層で、高杉家もここに含まれる。タワマンのエレベーターは階層ごとに分かれているが、高層階の住民専用のエレベーターに向かう人たちはひと目でわかる。着ているものが違うのだ。
昨年冬、充と連れ立って学校に向かう隆君を見かけたとき、フランス生まれの高級ブランドであるモンクレールのダウンジャケットを着ていることに気がついて思わず変な声が出てしまった。一〜二年でサイズアウトする子供の冬物のために、十万円をポンと出せる人たち。モンクレールの黒光りしたダウンは、充に着せているアウトレットの半額セールで買った六千円のダウンとは表面の艶からして違った。タワマンという同じ土地に建つ建物でありながら、階層によって着ている服も見ている景色も、住んでいる世界すらも違うのだ。
一方、サラリーマンは平田家を含む、数の上では多数派を形成している勢力だ。高層階の富裕層とは住んでいる世界が違うとはいえ、社名を聞けばすぐにわかるような有名企業に勤めている人が多い。いなほ銀行だって、世間では叩たたかれているが立派な大企業だ。タワーから駅の改札までの専用通路は毎朝、通勤に向かう人々で溢れ、通勤ラッシュさながらの光景となる。
タワマンは目立つだけにやっかみも受けやすい。ネットで口の悪い人たちが「タワマンはエリートサラリーマンが三十五年ローンと人生を懸けて手に入れられる現代の団地」と書いているのを見かけたことがあるが、事実の部分もあるだけに腹が立つ。有名大学を卒業し、世間的に知られた企業に就職し、そして三十五年ローンでタワマンを買う。そんな人生が、不確実な時代におけるささやかな成功パターンになって久しい。平成の失われた三十年を経て一億総中流という幻想が崩れた現代の日本において、豪華な共用部もラグジュアリーな気分にさせてくれる内装も、入学試験や就職活動という選別を経て選ばれたエリートが人生を投じてやっと得ることができる代物なのだ。
もっとも、エリートと言っても形だけ。世間では勝ち組とされる年収一千万円に到達しても、累進課税で国にガバッと持っていかれるし、児童手当は所得制限でフルに貰えない。今やファミリータイプで七千万〜八千万円もするタワマンのローンを組んでしまえば、生活に余裕などない。ましてや都心の子育ては習い事に中学受験に、とにかくお金がかかる。周りを見渡しても、さやかのように結婚してからも仕事を続ける共働き世帯が主流派だ。自動車ローンや駐車場代、保険代といったものを考えると、多くの住民は自家用車すら持てずにカーシェアで済ませる。もちろんタクシーなんて滅多に使えない。それが現代の「エリート」の実情だ。
そして最後の地権者。タワマンの建設予定地に元々住んでいたり、商売していたりする人たちのことを指す。さやかは今のタワマンに引っ越して、理恵と出会うまでは存在すら知らなかった。
理恵
「うちなんて本当に大した店じゃなかったから、今の家は本当に身分不相応でさ」
充の通っていた保育園のイベントで仲良くなった後、理恵は笑いながら教えてくれた。理恵の夫の
一方、理恵と対極的でさやかが苦手なのが、今回の会の主催者でもある綾子だ。