【連載】横溝正史ミステリ&ホラー大賞創設によせて 第4回 初野晴
横溝正史ミステリ&ホラー大賞創設によせて
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長い歴史を持つ「横溝正史ミステリ大賞」と「日本ホラー小説大賞」が統合し、ミステリとホラーを対象とした「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」として募集を開始しました(締切は9月30日)。これを記念し、歴代受賞作家の皆さんからメッセージをいただきました。
第4回は、『水の時計』で第22回横溝正史ミステリ大賞を受賞した初野晴さんです。
>>第3回 恒川光太郎
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私は70年代の横溝正史ブームを80年代に体験した世代です。どんな小さな古本屋でも角川文庫の金田一シリーズは棚のほぼ1列を埋めていました。月並みな表現ですが、小学5年生だった私が当時感じたのは「怖いもの見たさ」です。それは怪奇の怖さではなく、未知の領域に接したたかぶりであり、大人の世界に触れられるという快楽の欲求に近いものでした。おそらく私のような多くの少年少女が経験したもので、横溝作品は華麗にして陰惨、妖美でロマネスクな世界観に満たされています。本格ミステリやホラー小説を読みたいから――という理由では決してなく、抗いがたき魅力がそこにあったのです。
今年からミステリとホラーの2大ジャンルを対象にした新人賞が創設され、「何を書けばいい?」と戸惑う応募者や、「どんな受賞作が出るのだろう」と期待を膨らませる方が多々いらっしゃると思います。運営側や選考委員が求めるのはおそらく、小学5年生の私の原体験を味わわせる作品だと推察します。コミックやアニメ、スマホゲームやユーチューブなど、今や無尽蔵に娯楽が存在する中、読書を選んでいただくには版元側にも作家側にも並大抵ではない努力が必要になっています。同時に新人が選ばれる資格も変わりつつあるのではないでしょうか。どこかで見たことがあるようなエピゴーネンは他媒体でもやり尽くされています。
活字の世界でできることはなんだろう? 物語密度に関していえば、小説を超える媒体はないと断言できます。そのうえで私は小綺麗に整頓されたものより、限度を超えた作品が読みたい。優先事項さえしっかりしていれば、物語のインフレーションを起こしてもかまわない――そんな「振り切った自由さ」を読者として体験したい。横溝正史は戦時中に禁止された探偵小説が自由に書けるようになって、執筆意欲を一気に解放したといわれています。次代の新人に問います。己の抑圧と解放を物語で表現できますか?
初野晴(はつの・せい)1973年静岡県生まれ。2002年『水の時計』で第22回横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビュー。著書に『わたしのノーマジーン』『トワイライト博物館』『向こう側の遊園』などがあるほか、『退出ゲーム』をはじめとする〈ハルチカ〉シリーズが高い評価を受け、アニメ化、実写映画化された。
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