【連載コラム「告白します」】土屋うさぎ「塾講師と自己開示」
「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。
(本記事は「小説 野性時代 2025年5月号」に掲載された内容を転載したものです)
土屋うさぎ「塾講師と自己開示」
【連載コラム「告白します」】
「次に担当してもらう子、めちゃくちゃ無口だから」
個別指導の塾で、講師のアルバイトを始めた初日。当時大学一年生だった私は、社員さんに言われた。
「一言も
「わかりました」
高校の制服に身を包んだ、一般的な女の子だ。彼女は着席すると、虚空を見つめたまま黙り込んだ。教科書どころか筆箱すら机の上に出さない。
「教科書持ってきてる? 宿題から確認しようか」
何を
無口すぎるにも程がある、と私は腰を抜かした。
このまま座っていてもこちらの給料は変わらないが、しばらくすると社員さんが授業の様子を見回りにやってくる。その時、二人で何もせずにいたら流石に問題だろう。
もはや勉強と関係なくてもいい、と私は思いつく限りの質問をした。けれど、投げかけた言葉は全部空振り。
頭を抱えたその時――彼女のカバンにつけられたキーホルダーが目に入った。それは、『週刊少年ジャンプ』で連載されている人気漫画のグッズだった。
「あ、その漫画、私も読んでるよ」
私が言うと、彼女は初めて反応を示した。首をわずかに動かし、こちらの顔を見る。その目は、本気で語れる相手なのか確かめているようだった。
彼女の口を開かせるにはこれしかない。私は自分が漫画家を目指していることを告白した。
好きな漫画のキャラクターから、お気に入りの名シーン、自分が描いている漫画の内容まで洗いざらい話した。
私が愛を語るたび、彼女の瞳が輝いていく。
「先生も漫画好きだったんだ」
心の開く音を、初めて聴いた。貝のように口を固く閉ざしていた彼女は、推しについて
帰り際、社員さんは目を丸くしていた。
「めちゃくちゃ盛り上がってたね。あの子があんなに話してるところ、初めて見たよ」
どうやら私たちの語らいは、軽く伝説になったようだ。
九十分間の授業中、一度も教科書を開かず、漫画の話ばかりして終わったのは、ここだけの秘密だ。
プロフィール
土屋うさぎ(つちや・うさぎ)
1998 年、大阪府箕面市生まれ、東京都府中市育ち。大阪大学工学部応用理工学科中退。現在は漫画アシスタント兼漫画家。2023 年、『あぁ、我らのガールズバー』で集英社・第98回赤塚賞準入選。同年、『見つけて君の好きな人』で小学館・「創作百合」漫画賞佳作。24年、『文系のきみ、理系のあなた』で一迅社・第30 回百合姫コミック大賞翡翠賞受賞。同年、『謎の香りはパン屋から』で第23回『このミステリーはすごい!』大賞を受賞し、小説家デビュー。
書籍紹介
書名:謎の香りはパン屋から(宝島社刊)
著者:土屋うさぎ
発売月:2025年01月
大阪府
掲載号紹介
書名:小説 野性時代 第257号 2025年5月号
編:小説野性時代編集部
発売日:2025年04月25日
商品形態:電子専売
安部若菜の新連載がスタート! ブレイディみかこの人気読切「私労働小説―ザ・シット・ジョブ―」も掲載。第16回 小説 野性時代 新人賞の受賞作発表も。GW中に読みたい小説が満載の最新号!
【新連載】
安部若菜――描いた未来に君はいない
「私のこと、殺してくれる?」この約束を僕は叶えられるだろうか。
『アイドル失格』の新鋭が挑む、恋愛小説!
【読切】
ブレイディみかこ――ある督促ガールの手記 私労働小説―ザ・シット・ジョブ―
信販会社で働くことになったあたしは、入社2週目にして督促の電話をかけることになった。覚悟を決め、番号をプッシュすると……。
【発表】
受賞作決定! 第16回 小説 野性時代 新人賞
【連載】
赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
安壇美緒――イオラのことを誰も知らない
阿津川辰海――デッドマンズ・チェア
伊岡瞬――獲物
伊吹有喜――銀の神話
梶よう子――雷電
坂井希久子――大江戸ぐるまん
永井紗耶子――青青といく
馳星周――海霧(ジリ)
藤岡陽子――青のナースシューズ
増田俊也――七帝柔道記 3 友たれ永く友たれ
群ようこ――暮らしはつづく
森沢明夫――ハレーション
【コラム】
土屋うさぎ「塾講師と自己開示」
米原信「異性装」
【書評】
Book Review 物語は。 吉田大助
長岡弘樹『交番相談員 百目鬼巴』
【新人賞】
第17回 小説 野性時代 新人賞 応募要項
第46回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項
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