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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.63

物語は想像の半歩先を行く――杉江松恋の新鋭作家ハンティング『そして、よみがえる世界。』

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

西式豊『そして、よみがえる世界。』書評

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、緻密に組み立てられた一冊。

 想像の上を行け。それが物語というものなのだから。
 西式豊『そして、よみがえる世界。』(早川書房)は第十二回アガサ・クリスティー賞大賞に輝いた作者のデビュー作である。前回受賞作の逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』は直木賞候補作となり、第十九回本屋大賞も受賞したことから一気に注目度が上がった同賞だが、今回はがらりと趣きが変わって仮想現実を題材としたSFミステリーである。
 主人公の牧野大は脳神経外科医として将来を嘱望された存在だったが、海外で暴漢に襲われるという不幸な出来事があって脊髄を損傷、現在は首から下の運動と知覚を完全に失っている。その牧野が生活のために使っているのが医療テクノロジー企業シノハラ・メディカル・エクイプメント(SME)が開発した〈テレパスシステム〉だ。皮質脳波検出インプラントを頭蓋内に埋設することにより〈パボット〉と呼ばれる代替身体を操れる。たとえばパボットによって自身の介護をすることも可能なのである。SME社はVバースと呼ばれる仮想空間も運営し、全世界で七億人以上がそれを利用している。Vバースの中にはさまざまな空間が広がっているが、その中の〈アスリートゾーン〉において牧野のアバター〈深紅の閃光〉は、仮想競技〈サバイブボール〉チャンピオンの座に就いている。
 第一章では、SME社が提供する技術がいかなるものかということが、牧野の視点を通じて語られる。なかなか本題に入らないし、事件も起きないので何事かと訝しみたくなるが、ここで世界設定をきちんと理解しておいたほうが物語に入りこみやすくなるのできちんと読むこと。作者は、「仮想空間Vバース レベル2 はじまりの街」「物理空間(現実) 東京都湾岸地区」といった具合に、仮想と現実どちらの空間で起きている話なのかということを断ったうえで話を進めていくので、迷子にならないためには二つの仕分けを頭に入れておいたほうがいい。いくつか章が進めば慣れてきて問題なくページをめくれるようになる。
 牧野はいくつかの医療機関に就職希望を出したが、ことごとく断られていた。仮想現実を利用すれば以前のように脳神経外科医として腕を振るえるはずなのに、と忸怩たる思いである。そんな中、一本の電話が彼の運命を変える。電話の主は、かつての恩師である森園春哉だ。現在の森園はSME社に役員待遇で迎え入れられていた。そのSME絡みで重要なプロジェクトが持ち上がった。完全失明状態にある患者の脳に人工視覚システムを埋め込むというものだ。森園はある理由から執刀が難しい状況にあり、牧野に手術を代わってもらえないか、というのである。
 この話を受けて牧野がSME社を訪れてからが話の本題となる。もちろん訪れる社屋も、手術を待つ十六歳の少女エリカがいる病棟も、すべてVバース内にある。そこで牧野はSME社を運営する七人の幹部〈セブンドワーフス〉に出会うのである。七人の妖精たち、とは意味深な呼び名だが、その意味が明かされるのは物語の後半になってからだ。
 序破急で言えば、ここまでが序に当たる。この後何が起きるかは明かさないほうがいいだろう。一つだけ書いておくと、ここまでの章はほぼ牧野視点で綴られているのだが、少しだけ異物が混じりこんでいる。〈彼〉と呼ばれる謎の存在だ。中盤以降には激しく物語が動く。一つの変死事件と、いくつもの怪現象が発生する、と書いておこう。それが現実と仮想空間のどちらで起きるのかは読んでのお楽しみである。おお、事件だ事件だ、とページをめくっていくと、ある時点で驚くべき事実が明かされる。それこそ世界の見え方が一変してしまうようなもので、度肝を抜かれるはずである。読者に提示されていた事実、記述の一つひとつに実は深い意味があったのだということがわかる。物語世界が論理的に組み上げられていたことを知らされ、感嘆の溜息を洩らす人もいるかもしれない。その転換が起きるまでが物語の破に当たり、そこからすべての謎が解かれる終盤の展開に入る。文字通り急である。そう急なのだ。中盤まではじっくりとした語り口で話が進んでいくので、それが溜めになって以降は凄まじく速く感じる。あれもこれも出てきて賑やかなことこの上なく、目まぐるしさにあれよあれよと驚いていると、意外なタイミングで物語は終焉を迎える。私は、このすかし方に感心させられた。そうか、そうくるのか。
 一口で言えば緻密な作品である。繰り返しになるが語りに無駄がなく、すべての部品が真相解明のために使われるのが気持ちいい。仮想現実という特殊設定を使っているが、読者の知見の遥か上を行くようなことはせず、皮膚感覚でわかるところで話を組み立てているところもいい。誠実だと思う。手の届く高さ、理解しやすい速度で話が進行していくと、読者は先読みをしたくなる。こうだろう、という予想を立てやすくなるからだ。作者はそれに付き合っておいて、すっと先に行く。一緒に走っていたはずなのに、すっと抜かれてしまうのだ。その付き合い方がいいではないか。奇想の極みという感じではなくて、地に足がついた話のように見えて、だけど実は読者の想像が及ばないところに到達している。そういう小説だ。
 SFは門外漢だからこれがどの程度素晴らしいものなのかはわからないが、この作者には物語作家としての魂を感じる。どんなものを書いてもきっと、常に半歩だけ読者の先に行ってくれる人なのだと思う。ついてこいよ、と振り返って笑顔で言うのだろうな。


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