犯人の服の色は――バラバラの目撃証言が謎を深める。『五色の殺人者』杉江松恋の新鋭作家ハンティング
杉江松恋の新鋭作家ハンティング
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書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は快く気配りが効いた一冊。
不思議に懐かしく、記憶をくすぐられるものがある。
千田理緒『五色の殺人者』(東京創元社)を読み始めてすぐに、そんなことを思った。
第三十回鮎川哲也賞に「誤認五色」の題名で応募された作品で、受賞し単行本化される際にこの題名に改められた。あずき荘という高齢者向けの介護施設で、姫野一郎という利用者が撲殺されることから物語は始まる。事件当時、施設内には職員や多くの利用者がいて、犯人の姿が目撃されていた。だが、目撃証言がばらばらなのである。犯人が着ていた服の色について、赤・緑・白・黒・青と五通りに意見が分かれた。不可解な点はそれだけではなく、姫野を撲殺した凶器が発見できないという問題もあった。施設で働く明治瑞希ことメイは、同僚の荒沼
登場人物の配置がいい作品である。主人公のメイはどちらかといえば気弱な性格なのだが、相棒であるハルこと東子は思い立ったらすぐに走り出す人物だ。この友人は、自分の名前がトウコと誤読されやすいので、ハルコと呼ぶことを周囲の人間に強要している。そのため、もともと名字にさん付けで呼び合うことになっていたあずき荘の規則は有名無実化したのである。ハルの後で働き始めた主人公も、ややくだけた愛称のメイで呼ばれるようになった。こうしたエピソードが施設の持つ家庭的な雰囲気を感じさせるのに役立っているし、直情径行型のハルと慎重なメイを組ませたことで物語も前に進みやすくなった。
ハルがしろうと探偵に前のめり気味なのは、気に入っている青年が重要容疑者の一人にされてしまっているからだ。殺された姫野一郎には認知症による「もの盗られ妄想」が出ていた。利用者の一人である藤原和子にいつもその嫌疑は向けられており、職員は手を焼かされることが多かった。偶然にも姫野と藤原のそれぞれの孫が将来を約束する仲になっていたのだが、そうした軋轢が障害になって縁談は進まずにいた。それが藤原の孫である青年による殺人の動機と見なされたのだ。ハルに煽られる形で調査に参加したメイだったが、彼女はあずき荘に来所していた藤原青年と事件発生当時に顔を合わせていて、彼のアリバイ証言者にもなっていた。藤原青年に好感を抱いていたメイであったが、婚約者がいるとハルに聞かされて彼との距離をどう取るべきか悩むようになる。主人公の性格ゆえに人間関係がややこじれる展開で、このへんも巧い。
題名の由来にもなっている五色の証言問題が、本書最大の謎である。鬼面人を威すような大仰な謎ではないので一見地味と感じてしまうが、それが解かれる過程は実に鮮やかだ。ロジックはもちろんだが、それを解くための手がかり呈示のやり方を称賛すべきだろう。物語の情景に違和感なく溶け込んでいるので、特別な情報として浮き上がって見えないのである。メイを視点人物とした柔らかい語りがあるからこそで、本書の最大の特徴は、その叙述なのだ。キャラクターが物語にとっての最適解になっているともいえる。
作者のプロフィールを見ると、自身も介護施設勤務の経験があるという。その知識が役立っているのだろうが、ディテールが際立った作品でもある。あずき荘は小規模多機能型居宅介護施設という、比較的新しい形態の施設である。基本的にはデイサービスのように日帰りで通う施設だが、訪問介護や短期の宿泊にも対応している。だからこそ利用者と職員がさまざまな形で接することになるわけで、施設の性格が事件の局面を複雑化させている。このへんの事情を書きすぎず、必要最小限のことだけを知らせてくれるので煩雑さがなくて読みやすい。この作者の長所を一言で表すなら、快い気配りではないだろうか。
初めに書いた不思議な懐かしさの根源はどうもそのへんにありそうな気がする。過剰な装飾を施さず、物語を気持ちよく読み進めるために最大限の努力を払う。メイとハルのコンビは親しみやすく、ユーモアのセンスもある。こんな小説に昔出逢ったな、と思ったが個人的な印象としては仁木悦子の江戸川乱歩賞受賞作『猫は知っていた』を読んだときの感じに近い。品の良い感じが、まさに一致する。読み終えてから振り返ると、いくつか偶然に頼った部分があってそこはやや苦しかったが、瑕瑾というほどではないだろう。作を重ねていけば、細かい粗は消えてどんどん滑らかになっていくはずだ。こういう作家を待っていたんだな、とつくづく思った。千田理緒、大事にしていきたい作家である。