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連載

心に刺さったこの一行 vol.9

小野花梨の「心に刺さったこの一行」――『ことり』『六人の嘘つきな大学生』より

心に刺さったこの一行

忘れられない一行に、出会ったことはありますか?

つらいときにいつも思い出す、あの台詞。
物語の世界へ連れて行ってくれる、あの描写。
思わず自分に重ねてしまった、あの言葉。

このコーナーでは、毎回特別なゲストをお招きして「心に刺さった一行」を教えていただきます。
ゲストの紹介する「一行」はもちろん、ゲスト自身の紡ぐ言葉もまた、あなたの心を貫く「一行」になるかもしれません。

素敵な出会いをお楽しみください。

小野花梨の「心に刺さったこの一行」

ゲストのご紹介


撮影 梁瀬玉実


小野花梨(おの・かりん)
2021年公開の「プリテンダーズ」で長編映画初主演。近作にドラマ「カムカムエヴリバディ」「罠の戦争」「グレイトギフト」、映画「Gメン」「Ribbon」「ほどけそうな、息」「52ヘルツのクジラたち」など。2022年公開の映画「ハケンアニメ!」で第46回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞。主演ドラマ「初恋、ざらり」で好評を博した。映画「ミッシング」などの公開が控える。2025年大河ドラマ「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~」に出演が決まった。

【最近出会った一行】 小川洋子『ことり』(朝日文庫刊)より



 最近やっと気温が上がってきて、長かった冬の終わりを感じています。
 春を飛び越え、急に夏になったような助走のない季節の変化に戸惑いつつも、気温の上昇と共に気分も上向いている気がして、ホッとしているところです。

 私は子供の頃から冬が苦手で、気温が下がるのと比例するように心のエネルギー値も下がっていき、心身のバランスを取ることが難しくなる性質があります。
 年を取れば取るほどその性質が悪化していき、この冬ついに、あれれ~?もうだめかも~!というところまで到達してしまいました。
 幸い、今期も無事に冬を乗り切り、今は回復に向かっているのですが、一度破壊されてしまった心の修繕作業にもそれなりのエネルギーが必要ですので、日々なんとかやり繰りしながら慎重に過ごしています。

「自分を大切に」
 とよく耳にしますが、具体的に何をすればいいのか、ずっと分からずにいました。
 ストレス解消や気分転換のやり方は人によって様々で、様々すぎて、人の話を聞かせてもらってもあまり参考にならなかったし、そんな自分に落ち込んでしまうこともありました。

 しかしついに、私なりの「自分を大切にする方法」を見つけることが出来ました。
 それは日光浴をしながら耳を澄まし小さな音を聞くということです。
 人工的な機械音ではなく、さわさわという草木の揺れる音。ふわふわという風の吹く音。そしてちゅんちゅんという小鳥の鳴き声。
 朝の早い時間はまだ町が起きていないので、これらの音を存分に聞くチャンスです。
 新鮮な朝日を浴びながら、エンジン全開で過ごす日常生活ではとても拾うことの出来ない小さな小さな音を聞いていると、それだけで自分がなにかに許されたような、包まれているような、暖かい気持ちになります。
 今回は、こうして意識的に小さな音を聞く時間を取るようにしたきっかけとなった作品のご紹介をさせてください。

 感動的な作品を説明するときによく、「涙すること間違いなし」や、「3回泣いた!」などの表現が使われると思います。
 涙とは基本的に心が震えた証拠のようにあふれ出てくる物質だと思うので、これらの表現はとても分かりやすいですし、私も今まで何度も使ってきました。
 しかし涙という物質が流れなくても間違いなく感情が揺さぶられ、静かに、でも熱い思いが湧いてくることがあると、この作品を読んで再確認しました。

「小鳥は僕たちが忘れてしまった言葉を喋っているだけだ」

 この物語は、小さな小鳥の鳴き声に耳を傾け続けた心優しい静かな二人の兄弟のお話です。

「小鳥のさえずりだけをお手本に、お兄さんはただ一人、自分で自分の耳に音を響かせながら、小島に散らばる言葉の小石を、一個一個ポケットに忍ばせた。小鳥たちのさえずりからこぼれ落ちた言葉の結晶を、拾い集めていった。」

 「小鳥の小父さん」のお兄さんはある日独自の言語を編み出し、その日からぱったり“正しい”言葉を話すことをやめました。
 そんなお兄さんを愛し寄り添い尊重しながら暮らす、お兄さんの言葉が唯一わかる小鳥の小父さん。
 二人はただ静かに小鳥のさえずりを聞きながら、この世界の片隅でひっそり慎ましく暮らしています。

 じーっと耳を澄まさなければ聞こえない小鳥の鳴き声のように、二人もまた誰かに見つけられることなく、なにかに作用することなく、そこにポツンと存在しています。
 その様が妙に切なく少し不思議で、寂しさと温かさで胸をいっぱいにさせます。

 そして、二人のセリフは一文がどれもとても短いのです。
 ボソッと一言つぶやくだけ。
 そんな会話の描き方も、小鳥の鳴き声のような美しさと儚さを連想させ、この物語全体に漂う切なさに繋がっているように思います。

 小さな小さな音に耳と心を傾けることは、自分の中にある誰にも気づいてもらえない孤独や美しさやこだわりを見つけてあげることに近い気がします。
 一生懸命に愛の歌を歌う小鳥と、そんな小鳥たちの歌を愛し続けた二人の物語が私に、自分を大切にするヒントを教えてくれました。

【忘れられない一行】 浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』(角川文庫刊)より


 成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。
 最終選考に残った六人に与えられた課題は、一か月後までにチームを作り上げ、グループディスカッションをするというものでした。
 全員で内定を得るために交流を深めていくことは、高学歴かつ容姿端麗、そして個性ある素晴らしい人格を持つ彼らには容易いことでした。
 しかし本番直前に課題の変更が通達されます。それは「六人の中から一人の内定者を決める」というもの。
 仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになりましたが、素晴らしい人格を持つ彼らは正々堂々、互いに尊重しあいながらグループディスカッションを進めていく、とはなりませんでした。
 室内に置かれた不審な封筒。
 そこには六人それぞれがこれまでに行ってきた悪行が書かれていました。
 疑心暗鬼になった彼らは次第に本性を現し始めます。

 と、ここまでが大体のあらすじなのですが、犯人がわかり内定者が決定したところからまだ半分ものページが残っているのです。
 正直そこまでで、え、もうここで終わっていいのに!と思うほど読み応えがありましたし、あと半分のページになにが書いてあるの!?と思いました。

 しかし、この作品の本当の姿はここからでした。
 そこまでに抱いていた登場人物への印象がいかに主観的で浅はかだったか。
 場面が変わるごとにコロコロ変わっていく人物像。

「いつから、人がいくつもの顔を上手に使い分けていることに気づいたのだろう」

 このセリフの印象だって、ひとたび見方を変えると全く違う意味を持ったものに感じます。

 まるでジェットコースターのように、人物の印象が左右上下に振り回され、お化け屋敷のように不意を突かれる仕掛けに驚かされるのです。

 私は同じ小説を二回以上読むことはほとんどありません。
 この世には一生をかけてでも浴びきれないほどの小説があり、その全てを知りたいのに、残念ながらそれは確実に不可能なことです。
 本当に悲しいことですが、ならばできる限り多くの小説に触れようと、一度知ってしまった物語をもう一度読み返すというところまではなかなか手が回らないのです。

 しかしこの書評を書くというお仕事をいただいてから、その仕事内容のあまりの恐れ多さから同じ小説を二度読んでから書き始めるというスタイルでやらせていただいています。
 するとやはり、一度目には気づけなかった細工やなんとなく見落としてしまっていたセリフの美しさを、まるで初めて読んだ物語のような新鮮さで発見することができます。
 一度目では物語の展開にただただ一喜一憂し、二度目では作者の方が忍ばせてくれていた小さなプレゼントをこっそりと開けるような、背徳感にも似た喜びがあることに気付きました。

 すると、それはそれで落ち込みます。
 私は今までどれだけの数のプレゼントを開けそびれていたのだろうと。
 同じ小説を二度読み返すことでしかたどり着けない場所があったのではないかと。
 むしろそっちのほうが味わい深く、その場所にたどり着くことこそが小説を読むということなのではないかと。

 特にこの小説は、もう一度読んでよかった~!と心から思いました。
「そんなところまで!?」
「え、このなに気ない描写ってそういうことだったの!?」
 そんなことが物語の一部だけではなく、最初から最後までぎっしり敷き詰められているのです。

 人は物事を自分の見たいように見ているのだなと思うことが多くあります。
 不倫をしたのだから極悪人に違いない。ボランティアを行っているから優しい人だ。
 しかし、それはその人のほんの一面で、その人の全てだと断定することは非常にもったいないことです。

「月は地球に対して常に表側だけを見せているそうで、裏側を地球から見ることは叶わないらしい。」

 仮に全てを見ることは出来なくても、見えていない裏側に想いを馳せる想像力を育てていきたい。
 ジェットコースターに乗っているかのような浮遊感を味わいながら、そんなことを冷静に考えさせる小説です。是非二回読んでみてください。

書籍情報



『ことり』(朝日文庫刊)
著 者:小川洋子
発売日:2016年01月07日

やさしく切ない、著者の会心作
人間の言葉は話せないけれど、小鳥のさえずりをよく理解し、こよなく愛する兄と、兄の言葉を唯一わかる弟。小鳥たちの声だけに耳を澄ます二人は、世の片隅でつつしみ深く一生を生きた。解説・小野正嗣。
(あらすじ:朝日新聞出版オフィシャルHPより引用)



『六人の嘘つきな大学生』(角川文庫刊)
著 者:浅倉秋成
発売日:2023年06月13日

映画化決定! 圧倒的共感を集めた青春ミステリが文庫化!
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■■各種ミステリランキングで話題沸騰中■■

『このミステリーがすごい! 2022年版』(宝島社)国内編 8位
週刊文春ミステリーベスト 10(週刊文春 2021年 12月 9日号)国内部門 6位
「ミステリが読みたい! 2022年版」(ハヤカワミステリマガジン 2022年 1月号)国内篇 8位
『2022本格ミステリ・ベスト10』(原書房)国内ランキング 4位

成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。
怒濤の伏線回収に驚嘆の声続出! 青春ミステリの傑作が、ついに文庫化!
(あらすじ:KADOKAWAオフィシャルHPより引用)

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322210000678/
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