【本が好き! × カドブン】コラボレビュー! 第5回『逃げ出せなかった君へ』
カドブン meets 本が好き!
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書評でつながる読書コミュニティサイト「本が好き!」(https://www.honzuki.jp/)に寄せられた、対象のKADOKAWA作品のレビューの中から、毎月のベストレビューを発表します!
>>第4回『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』
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第5回のベストレビューは、クロニスタ さんの『逃げ出せなかった君へ』(安藤祐介・著)に決まりました。クロニスタ さん、ありがとうございました。
負けそうで負けない。オンリーワンの人々の物語
不動産投資関係のブラック企業に就職してしまった新卒男子三人組。連日徹夜で会社に泊まり込み、早朝深夜に飛び込み営業。常識ではやれない行為も、上司の度が過ぎるパワハラに洗脳され、ノルマに縛られ、自分は価値がない無能な男だと思い込まされたために、躊躇なくやれるようになってしまった。そんな日常に嫌気がさし、あるとき、深夜営業の居酒屋に3人でビールを飲みに行った。キンキンに冷えたビールを飲んだとき、3人は心から、これは世界一うまいビールだ!と思った。そのひとときが3人にとって最高の思い出となった。いや、なってしまった……。
以前、西新宿で働いていた時期があり、職場にあっちこっちからしつこい不動産投資の電話がかかってきた。最初は仕事に関係ある会社なのかとおもってしばらく聞いているのだが、不動産投資に関することだったので、「興味がないので結構です」と言うと「結構ですということは会っていただけると言う意味ですね」ということをいう人がいた。この本に書いてあるエピソードと一緒だった。なにを馬鹿なこと言ってんだか、とあきれたけれど、彼も洗脳されてたんだ。
この本はこの3人が軸となって、彼らとちょっとしたつながりをもっただけの、それこそ袖触れ合っただけの縁でつながっただけの人物たちとの、絆の物語だ。
同僚を死から救えなかった会社員、息子を救えなかった父親、通報を真に受けず駆けつけるのが遅れて男を死なせてしまった警官、女子高生時代に自らを商品としていた過去を持つ非常勤講師、ネット炎上被害により職を追われた元居酒屋チェーンの店長など、それぞれは独立した話だけれど、本人たちも知らないところで物語は繋がっている。
あのときこうすれば良かったんじゃないか、もう少し早く手を打っていれば命を救えたんじゃないか、という悔いを抱えながらも、彼らは前を向いて生きていこうとする。
彼らの行方を遮る嫌な奴もたくさん出てくる。悪行の報いとして不幸になった姿をさらす人間も出てくる。だからといって、彼らの胸が晴れるわけではない。過去の記憶は消えない。やり直しもできない。
似たような挫折は誰でも経験しているだろう。自分に置き換えると苦しくなる話もあるかもしれない。あまりに境遇が似ていて、この小説が劇薬になってしまう人も、もしかしたらいるかもしれない。
物語の80%くらいは悪意の人間に翻弄される展開で、嫌悪感、無力感にとらわれ、気分が沈む。でも最後には、そんな奴らにも負けそうで負けない、地味に強い人間たちの姿が描かれる。読んでいるうちにパンドラの壺の話を思い出した。
最後の章で、ある有名なSMAPの歌詞を通じて、語られる言葉がある。
「俺たちは無敵じゃない、でも無双だ」という意味の言葉だ。
会社のためじゃなく、自分のために生きる。難しい世の中だけど、ブレてはいけないと思った。
書誌情報はこちら≫安藤祐介『逃げ出せなかった君へ』
☆クロニスタ さんレビューページはこちら→https://www.honzuki.jp/book/276344/review/225540/(本が好き!)