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連載

全部読んだか? 東野圭吾 vol.13

あの日、手術室で何があったのか。プロフェッショナルの矜持を問う。 東野圭吾の11作品、怒濤のレビュー企画⑦『使命と魂のリミット』

全部読んだか? 東野圭吾

全部読んだか? 東野圭吾――第7回『使命と魂のリミット』

数ある東野圭吾作品。たくさん読んだという方にも、きっとまだ新しい出会いがあります。
超・殺人事件』刊行に合わせ、角川文庫の11作すべてのレビューを掲載!

(評者:西上心太 / 書評家)


東野圭吾『使命と魂のリミット』(角川文庫)

東野圭吾『使命と魂のリミット』(角川文庫)


 本書『使命と魂のリミット』は「週刊新潮」に一年弱連載された後、2006年に新潮社から刊行された作品だ。文庫化され2010年に角川文庫に入った。
 東野圭吾はエンジニア出身であり、わりと初期のころからサイエンス系や医学系の最新技術を取り入れた作品を発表していた。このコーナーで紹介した『鳥人計画』(1989年)はスポーツ科学がストーリーにからむ作品であり、『変身』(1991年)は、脳の移植手術によって命を繋いだ男に生じた違和感を探っていく作品だった。さらにアスリートの肉体改造問題が浮かび上がる『美しき凶器』(1992年)、クローン技術による生命誕生を先取りした感のある『分身』(1993年)などが挙げられる。
 これらは、現実を超えるテクノロジーを利用した作品だった。本書にはそのような要素はなく、現代医学に立脚した物語である。大学病院が主な舞台となるため、医学ミステリーという分類も可能だが、作者の狙いは、真のプロフェッショナリズムを医学を通して問いかけたところにあるのでは、と思う。
 氷室夕紀は帝都大学病院の研修医で、現在は西園陽平教授が率いる心臓血管外科に所属している。ある日夕紀は病院の外で、つながれていた犬の首輪に紙がはさまれているのを発見した。それは病院に対する脅迫状で、これまで隠蔽してきた医療ミスを公表しなければ、病院を破壊すると記されていた。実際のところそのような事実はなかったのだが、新たな脅迫状も届けられ、病院側が脅迫の事実を公表したため、患者の間にも動揺が広がっていく。
 本書を貫くのが二つの謎である。一つは父親は西園によって故意に命を奪われたのではないかという、夕紀が10年来抱いている疑念である。夕紀の父親の健介は元警察官で、警察を退職後は警備会社に勤務していた。健介の身体に異常が見つかったのは、夕紀が中学校2年生の時である。胸部大動脈瘤だった。帝都大学病院に入院し、手術を担当したのが西園教授だった。だが手術中に健介は死亡してしまう。父の死からしばらくして、母の百合恵と西園が親しくしていることを知った夕紀は疑念を抱き始める。健介の手術は困難なものであったが、はたして西園は全力を尽くしたのだろうか。それとも……。
 疑念がつのる一方だった夕紀は西園の真意を見極めようと医学部を目指した。その願いは叶い、帝都大学医学部を卒業した夕紀は、念願通りに西園のもとで研修医を務めることになったのだ。さらに脅迫事件がきっかけで、父と西園の間にはもう一つの因縁があったことを知る。その因縁は夕紀の抱いた疑念を補強するものだった。
 もう一つが、直井穣治という脅迫犯の動機である。彼は帝都大学病院の看護師と親しくなり、病院内部の情報を得て、着々と計画を進めていく。
 脅迫事件捜査に携わる一人が警視庁の七尾行成刑事だ。七尾はかつて健介の部下だった。七尾は犯人のミスディレクションに気づき、真相に肉薄していくがすでに直井の計画は動きだしていた。
 健介は自分の手術前に夕紀に向かい、「人間には生まれながらにして使命を与えられている」という意味の言葉を残していた。そして西園は困難な状況に直面しながらも動じることなく、「目の前にある、自分のすべきことに集中するんだ」と夕紀をはじめとするスタッフを鼓舞する。
 周到な復讐劇に翻弄される医師たちの姿をサスペンスフルに描きながら、使命を全うしようとするプロフェッショナルの矜持を謳い上げる。同時に夕紀の疑念という、もう一つの謎も解明される。犯罪を描きながら本書ほど感動的な結末が用意された物語も稀だろう。東野圭吾は、ミステリーの枠を広げると折に触れて語っていた。本書はその言葉通りの、謎解きだけでは終わらない、読者の琴線に触れる作品なのである。

▼『使命と魂のリミット』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/200902000439/


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