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連載

王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」 vol.17

【連載小説】「あなたもここにお住みなさい」。ユキ江のボロ屋敷に集結した、生き辛さを抱える女たちだが…。連載最終回! 王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」#10-1

王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

「穀潰し」として実家で暮らしてきた姫香は、老女・岸ユキ江と出会い、彼女の古い大屋敷で住み込みのお手伝いとなることに。妊娠中で居候先の彼氏に逃げられ頼る先のないヨーコ。ユキ江は彼女を家に誘う。派遣切りで自室三畳半のシェアハウスの家賃に困り、ネカフェ暮らしとなった芽衣子。彼女は怪しげな家庭用給水器の訪問販売員となり岸邸を訪れた。倒れて現状の生き辛さを切々と訴えた彼女に、ユキ江は「あなたもここにお住みなさい」と声をかけた。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

「はあ?」
 と、とギャルがほぼ同時に同じトーンで声をあげた。
「ばーさん! いい加減にしなよ!」
 ギャルが怒鳴ると、老女は目をぱちくりさせて首をかしげた。
「何かおかしなこと言ったかしら、あたくし」
「おかしいことだらけだよ。ぜんぜん知らない、しかも怪しい訪問販売の営業をいきなり家に住ませるなんて、世界一おかしい」
 ひどい言われようだが、芽衣子はその前の老女の言葉に驚き過ぎて、腹を立てるのも忘れてしまった。
「でもこんなわいそうなお嬢さんを見捨ててはおけないわ。こんなに豊かな時代になったのに、こんなに不幸なお嬢さんが一度にあたくしの前に現れたのよ。何かせずにはいられないの。そういう性分ですのよ、あたくし。ヨーコさん、あなただって、そんな体でもしあたくしがいなかったらこれからどうするつもりだったの」
 老女がそう言うと、ギャルはひゅっと息を吞み、それから顔を真っ赤にして震えだした。
「憐れむなよ!」
 周囲の空気がびりびり震えるくらいの大声だった。芽衣子も、老女も、もうひとりの女の子も、みんな同じタイミングでびくっと跳ねた。
「憐れんでんじゃねえよ。あたしは別に特別不幸じゃねーよ! 今どきこんくらい普通! ばーさんのこの生活のほうがヘン! っていうかあんたもそんなに幸せそうじゃないだろ。こんなボロ家で一人さびしく暮らしててさあ! 人を憐れめる状態なわけ? こっちは若いんだよいざとなったらどうにでもなんとでもなれるんだよ。あたしは強いんだ。何かせずにはいられないって、あんたが便利に使える若い召使いほしいだけなんじゃないの? 恩着せがましいんだよ! あたしは……あたしは、ちょっと親切にしてやったからって便利に使えるような女じゃないからな!」
 そう言うと、ギャルは大きいお腹を抱えてぐっと立ち上がり、のしのしと歩いて長い廊下の奥に消えてしまった。
ひめさん」
 ものすごく長い沈黙のあと、老女が最初に口を開いた。
「は、はい」
「あたくし、いま、叱られたのかしら」
「ええっ。えーと、その……どうでしょう」
 気の弱そうな女の子は困りきった顔をしながら、膝の上に置いた手をぎゅっと握ったり開いたりして落ち着かなそうにしている。
「あたくし、人に叱られたことなんてめったにありませんのよ。間違いのないように育てられましたし、間違いのないように生きてきましたから」
 老女はギャルが消えていった廊下の奥を見つめながら、独り言のようにとつとつと言った。
「あの」
 芽衣子が呼びかける。老女と女の子が一緒に振り向いた。
「私……あの、さっきの人、様子見てきたいんですけど、おうち……お邪魔していいですか」

 古めかしいスリッパを借りて、長い廊下を進む。暗くて、足元がときどきジャリジャリして、あちこちに物が散乱していてたまに床がべこんとへこむところがあったり、本当に人が住んでいるとは思えない廊下。
 しかし突き当りまで進むと、横の部屋からかすかに外の光がしているのが見えた。
 部屋のドアは開いていた。きれいな──かつてはとてもきれいだったんだろう洋室で、ドラマみたいな猫脚の椅子やテーブルがそろっている。戸はガラス張りで庭に面していて、ところどころステンドガラスになっている。その戸の一つが開いていて、雑草だらけの庭が見えた。その中に、ギャルはじっと立ちすくんでいた。

※本作は、書き下ろしを加え小社より単行本として刊行予定です。
◎第 10 回全文は「カドブンノベル」2020年12月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年12月号

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