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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.40

【連載第40回】東田直樹の絆創膏日記「焼け石に水ってほんと?」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす26歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第39回 夏休み合併号】東田直樹の絆創膏日記「忘れてはならない」

 自分の人生は、これで良かったのかと歩んで来た道を振り返る。この時、何を目にするかで、今後の生き方が変わることがあるように思う。
 生きている間は、環境や周囲の人々から、さまざまな影響を受ける。
 これまで幸せだったからといって、将来の幸せまで約束されているわけではないし、不幸だったからといって、ずっと不幸なままかどうかはわからない。
 自分が手に入れたもの、手に入れられなかったもの、ひとつひとつの経験や記憶が、今の自分の人生観を作り上げているのだ。
 過去は変えられない、変えられるのは未来だけだと、みんなが知っている。過去に起きた出来事の何が自分の心を満たしてくれたのか、その何かは、現在の自分が置かれている状況をつくり出した理由にもなっているだろう。
 人は、自分以外の人間にはなれないのである。
 過去を振り返り、未来を見通す中で、自分の人生の責任は、自分にしか取れないことを自覚する。時々振り返っては足跡を見つめ、まっすぐなものばかりではないことに気づく。行き場を失った自分の気持ちを両手で抱えながら、人はひたむきに歩き続けているのだ。
 人生とは、後悔と反省の日々だと言った人がいる。
 生きることに疲れた時、深呼吸をするのは、気持ちを軽くするためだと思う。ここから先、何が起きても、息をすることを忘れてはいけない。
 後ろ向きの足跡が深く沈み込んでいても、次の一歩は、未来に向けて踏み出す勇気が必要だ。

「焼け石に水」ということわざは、努力や援助がわずかで効果があげられないという意味である。
 このことわざ通りなのか確かめた人が、思いの外いることに驚いた。YouTubeには、焼け石に水をかけている様子の動画がたくさんアップされている。
 少々水をかけても、焼けた石は冷やせない。相当熱いということなのだろう。
「焼け石に水」ということわざを聞いた時、「そんなことってあるのかな」と僕も思った。努力して無駄なことなどあるはずがないと考えていたからである。けれど、焼けた石に水をかけても、すぐに蒸発してしまい熱は下がらない。これを無駄な努力というのか。
 それでもやってみるところが人間らしい。
 人は、疑問に思ったことを、自分の目で確かめずにはいられない生き物なのだ。だめだからといって、じっと手をこまねいているなんて、許せないのだろう。
 自分でやることに意義を感じる。それは、一番いい解決の仕方だと思う。なぜなら、自分でもやるだけやったと思えることで、後悔する気持ちが減るからだ。
 焼け石に水をかける実験をした人たちは、楽しそうだった。
 一見、ばかばかしい話にも聞こえるが、その結果を人に話す時の瞳は輝いていた。
 自分で自分を納得させることの出来る人は、自信に満ち溢れている。

 花火大会が開催された。
 どん、どん、と鳴り響く音、夜空に大輪の花が咲くようなイメージが花火にはある。
 花火玉が打ち上げられシュルシュルと上昇し、ぱっと開く。色とりどりの美しい花火が、僕の胸を幸せで一杯にしてくれる。
「花火が一発!」僕の口からも、思わず出てしまう。何か叫ばずにはいられない高揚した気分。本当は、かけ声をかけるなら、「たーまやー」や「かーぎやー」が正しいのだろう。
 その場でしか味わうことの出来ない一瞬の美。
 夏の夜の夢という言葉がぴったりと当てはまる。僕は、瞬きするのも忘れ、ひたすら花火に見とれ続ける。
 近くで花火を目にすると、まるで空から星が降り注ぐみたいに感じるが、僕は、遠くから花火を見るのが好きなのだ。
 どこに花火が上がっているのかがわかり、自分が置かれている状況が飲み込める。目の前の景色は、こんなにきらびやかだけど、今見ているのは、僕が知っているいつもと同じ夜空なのだ。
 瞳がきらきらした火花で埋めつくされても、花火が体を覆いつくしはしない。少し離れたところから、僕は落ち着いて花火を楽しむ。
 花火の音と光は、鳥たちの眠りをも妨げる。
 鳥たちの群れが逃げ場を探すように飛行していた。普段の夜には見ることの出来ない情景が目に留まる。
 今夜、僕の心を動かすのは花火だけではない。

 散歩をしていたら、木にセミが止まっていた。
 僕がセミのお尻をつつくとセミは驚いて飛んで行った。また、すぐにどこかの木に止まるのだろう。
 セミが飛び立つ瞬間を見るのは楽しい。羽を大きく広げ、一直線に素早く空に飛んで行くからだ。
 ミーンミーンと鳴くセミの声は、この世がつまらないと嘆いているようにも聞こえる。
 もう二度と土の中には戻れない、セミになることばかり考えていたのに、こんなはずではなかったと、後悔しているのではないだろうか。
 僕はセミに同情する。地上にも楽しいことはあるよと慰める。
 セミは、僕の言葉など聞いてもくれない。毎日、必死に木にしがみつき、ここに自分がいることを主張し続けるのだ。
 セミが見ている景色が、少しでも明るくなりますように。僕は空に飛び立つセミの姿を見送りながら、そう祈る。
 道端には命を終えたセミが、羽を閉じた格好で横たわっていた。
 僕がいくらお尻をつついても、そのセミが飛び立つことはない。
 土の中にいた時と死んでしまった後、どちらがセミにとっての天国なのだろう。
 夏空にセミが飛ぶ。
 セミの背中の透き通った羽から、小さな光が差し込んだ。


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