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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.36

【連載第36回】東田直樹の絆創膏日記「言葉の隅っこに耳を澄ませて」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第35回】「文字たちの行進」

「グッド・ドクター」というテレビドラマがスタートした(フジテレビ系)。主人公は、自閉症スペクトラム障がいながら驚異的な記憶力を持つサヴァン症候群で、小児外科医を目指している青年だ。
 これまでにもドラマに自閉症者が登場することが何度かあった。僕自身は、演じている俳優さんを見て、行動や仕草が自分と似ていると思ったこともあれば、自分とはタイプが違うと思ったこともある。自分と似ていないから嫌だとか、この動作は自閉症者ではないと思ったことはない。どちらかといえば、自閉症という障害を抱えた登場人物が、視聴者にどのようなイメージを与えるのかを、毎回心配している。
 テレビを見ている人の中には、ドラマで初めて自閉症という障害を知る人もいるだろう。
 当事者としては、ドラマの中で自閉症者をヒーローや善人として描いてくださるなら嬉しい。
 自閉症がどういう障害かを考える際、頭の中で自閉症に関する知識を具体的に思い起こしている人は、どれくらいいるのだろうか。
 身近に自閉症者がいない限り、テレビで見た自閉症者が、その人の持つ自閉症者のイメージになるような気がする。
「自閉症を正しく理解してほしい」という声もある。
 正しさとは何だろう。
 自閉症がどのような障害か、昔に比べると少しずつわかって来た。でも、原因が解明されない限り、まだまだ、わからないことの方が多いのだ。
 時代と共に、社会の価値観や当事者の求める配慮も変わって来る。
 テレビを見た人が僕を見ても、嫌な顔をせず、「自閉症なんだね」と言って笑顔で接してくれれば、それだけで僕は十分だ。
 今回のドラマでも、テレビの中の自閉症者が、どうか、幸せをつかめますように。

 夏になると扇風機をよく使う。僕は暑い時に汗を拭いたり、扇風機を回したりすることは出来るようになったが、上着を脱いだり、エアコンの設定温度を下げたりすることは今も出来ない。
 信じられないと言われるかもしれないが、そうしなければいけないことが思い浮かばないからだ。
 扇風機を回している間、僕は時々回転している羽根を見ている。
 回るものが好きなのだ。
 くるくるくるくる、くるくるくるくる。
 扇風機の羽根から、ビューンと風が流れ出す。とたんに、草原にいるような気分になる。
 回る羽根は、扇風機のスイッチを切るまで止まらない。動き続けているのに、回転が速すぎて、7枚の羽根が、ひとつの動いていない輪に見えて来る。
 凝視する僕の目、扇風機と僕の間の時間が止まる。
 今だけは、このままでいい、時間は動いていないのだから。扇風機に目を奪われてしまう自分に言い訳する。
 扇風機のスイッチを切ったら、風の流れが変わった。
 部屋の中には、ゆっくりと漂う空気が、出口を探しているかのごとく、あちらこちらへと、さまよっている。
 側にある空気をかき分け、僕は、自分の体を前に押しやった。
 扇風機と一緒に止まっていた時間を、早送りするために。

 僕は、洗濯したタオルを畳むのが、結構得意だ。タオルの端と端を重ね合わせ、何度か折る。畳み終えたタオルを次々と積み重ねる。タオルが倒れないように重ねるためには、下にあるタオルを少し押してから、畳んだタオルを置く。上のタオルは、下にあるタオルの形通りに、はみ出さないよう、きれいに重ねなければならない。畳み終わると、重ねたタオルが思った以上の高さになっていることもある。
 こういうセンスは、教えてもらったから出来るようになったというより、元々の自分が持っている特性に関係しているのではないだろうか。
 僕は、あまり几帳面ではないが、昔から立体や列の並びに対してのこだわりが強い。同じ物が整然と整列しているのを見ているだけで、楽しい気分になる。
 わくわくするし、どきどきする。
 規則性は、僕の美学の重要な要素でもある。だから、形や種類の違うものがあると、違和感を覚え、取り除いたり、並べ直したりしたくなる。そういった遺伝子が、僕の中に組み込まれているのだろう。
 フェイスタオルはフェイスタオルで重ね、ハンドタオルはハンドタオルで重ねる、などということは言われなくてもやれる。
 逆に、タオルをきちんと畳めない人を見ると、不思議に感じる。
 いつも他の人から、「どうして、こんなことが出来ないの」と言われて困っている僕なのに、出来ない理由をその人に聞きたくなるのだ。
 自分にやさしく他人に厳しいのが、人間の本質なのかもしれない。

 しっかりと話を聞いているように見える人も、案外わかっていないのだと思うことがある。
 僕は、話を聞いている時には、なるべく相手を見ないことにしている。
 聞く時には、話をしている人を見なければいけないと、小さい頃から言い聞かされて来たが、相手を見ない方が、話している内容がよくわかるのだから、しかたない。
 話をしている人の表情や態度からも、気持ちは読み取れると考えている人も多いが、受け取る情報が増えれば増えるほど、相手が何を言いたいのか、分からなくなるような気がする。話をしている人の表情や態度と、こちらが受け取る言葉の意味が、一致しているとは限らないからだ。そうなると相手の胸の内は探れない。
 僕は本心を知るためにも、聞き取ることに集中する。
 言葉のリズムや声の大きさ、抑揚、息遣いや間など、聞こえて来る音全てを参考にして、相手が何を言いたいのか分析するのである。聞くことだけでも、心の中を知る手がかりは見つけられると思う。
 本当の人の気持ちは、なかなかわからないものだが、ふとしたはずみで本音をもらすこともある。実は、こんな気持ちだったのかと驚くことも少なくない。
 聞こえて来る言葉の隅っこに、その人の偽らざる気持ちが隠されていることがある。だから僕は、体全体を耳にして、いつも真剣に相手の話を聞いているのだ。


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