menu
menu

連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.26

【連載第26回】東田直樹の絆創膏日記「生きているご褒美」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第25回】「『楽ちん』が似合う人」

 円周率の動画を見ることがある。
 3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510 5820974944 5923078164 0628620899 8628034825…途切れることなく数字が表示される。
 一度見始めると目が離せない。次にどんな数字が現れるのか、見届けなくてはならない、そんな気持ちにさせられる。
 数字にはあいまいさがなく、何物にも代えがたい。
 僕は規則正しく画面に映る数字を頭に入れる。頭に入れるといっても、覚えているわけではない。数字は僕の脳に、一瞬刻まれたと思ったとたん、順送りに消えていくのである。
 円周率の数字のどこに惹かれるのか。
 円周率は僕にとって、ひとつの真理なのだと思う。
 答えの出ない問いを永遠に探し続ける。それは、人類が進化してきた過程そのものだ。
 真実に近づこうとし、努力を惜しまなかった人々を目にするたび、僕は拍手を送りたくなる。
 終わることのない数字にうんざりする人もいるかもしれないが、僕は素直に、これほどの長さの円周率を計算できる人が、この世にいることに感動する。
 円周率の計算は、今も続いているらしい。
 解けない円周率を解き続ける。その挑戦こそが、円周率の魅力なのだ。

 鯉のぼりが5月の空にたなびく。
 男児の出世と健康を願い鯉のぼりを庭先に立てるのは、江戸時代から続く日本の風習だ。
「こいのぼり」と聞くと、僕はこの歌を思い出す。

甍(いらか)の波と雲の波、 重なる波の中空(なかぞら)を、 橘(たちばな)かおる朝風に、 高く泳ぐや、鯉のぼり。

鯉のぼり(作詞 不詳、作曲 弘田龍太郎)

 この歌詞は、とても雄大で、すばらしいと思う。
 特に瓦や雲を波に例えているところや、鯉が悠々と大空を泳いでいる姿は、日本人らしいひたむきさや一本気な性格、向上心が表れているように感じる。
 5月が近づくと、男の子がいる家庭に飾られる鯉のぼり。今は、近所でも見かけることが少なくなってしまった。
 小さい頃、こどもの日の前には、幼稚園の紙工作でも鯉のぼりを作った。
「僕はここだぞ」
 武将のように手作りの鯉のぼりを右手に掲げ園庭を走る。小さな鯉のぼりが、僕の旗印だ。
 不器用な僕が作ったへたくそな鯉のぼりは、遠慮がちに僕について来る。
 晩春の晴天の日、僕と鯉のぼりは、一緒に空まで駆け上ろうとした。

 ずっと遠くの空模様は、今見ている空ではないことを知っているのに、この空模様がどこまでも限りなく続いている気がするのは、なぜだろう。
 高いビルの上層階の窓から、地上を見渡した時、世界の全てを手に入れた気分になるのは、なぜだろう。ただ、高い場所から道路や建物、人や車を眺めているだけなのに。
 人の脳というものは、小さな錯覚を時々起こす。
 周りの情報を理解しようとしても、脳が全ての情報を処理できるわけではないらしい。脳は、過去の経験から情報を推測するが、時には、その推測により、脳が騙されてしまうことがあるという。
 視界に映っているものは、小さな領域にもかかわらず、広い世界を想像させる。
 このような状態は、脳が人に夢を与えてくれているのではないかと、僕は思っている。
 脳は身体を生かすために、さまざまな試みを行っているに違いない。
 あなたの見ている世界が、この世界の全てで、あなたの見ている世界で、あなたは頂点にいる。そんな感覚に陥る時、人は脳に、生きているご褒美のような快感を与えられているのだ。
 生きている快感というのは、何か大きな目標を達成した結果、感じられるものだけではない。気持ちのいい出来事は、日常の中にも存在する。それを体験すると、人は、新鮮な空気を吸ったみたいなさわやかな気分に包まれるのだ。

 以前、お昼のラジオ番組で「あなたが寂しいのは、どんな時ですか?」と、若者たちに質問していた。一番多かったのが「友達が少ないと感じる時」という答えだったことに驚いた。
 友達が、ひとりもいなくて寂しいという意見なら納得する。けれど、友達はいるにもかかわらず、もっとたくさん友達がいなければ、自分の人生は理想通りのものではないという意味に聞こえたからだ。
 当たり前のことだが、友達は「物」ではない。洋服やアクセサリーのように、その時々にあったちょうどいいものを用意したり、たくさんいれば自分の寂しさを解消したりすることが出来るはずだと考えるのは、何だかおかしい。
 ひとりでいるのが嫌なのだろうか。誰かと一緒であれば安心だと思うのは、どうしてだろう。
 寂しさとは、心の奥底に潜むどす黒い悪魔に心を支配され、出口を探すために、どこにあるのかわからないドアノブを必死で探し続けるような心境に違いない。
 寂しい気持ちを友達で埋めたい人、友達がいないかわいそうな人だと思われたくない人もいるのかもしれない。
 友達がいなければ、本当に不幸なのか。
 ひとりで人生を謳歌できる方法もある。そういう選択肢があることがわかれば、友達がいないことで生じる寂しい思いをする人がいなくなるような気がする。


関連書籍

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年3月号

2月10日 配信

怪と幽

最新号
2020年1月号

12月19日 発売

小説野性時代

第196号
2020年3月号

2月13日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP