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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.21

【連載第21回】東田直樹の絆創膏日記「未来のために、できること」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす25歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第20回】「雨の日のひらめき」

 桜の開花が始まり、近所の公園はピンク色に染まった。その場所だけ別世界になっている。開いたばかりの花びらは、生後間もない赤ん坊の手のひらに似ている。ふわふわしていて柔らかく、清らかだ。自分が誕生したことに、まだ気づいていないかのように眠り込んでいるイメージがある。
 桜の花びらが目覚めないよう、僕は声も出さず、そっと見守る。
 数え切れないほどの花びらは、美しいとしか言いようがない。僕はため息をつく。この日に花開くことを申し合わせていたみたいに、ほとんどの桜が開花した。
 桜咲く、桜咲く、桜咲く。
 なんて、いい響き。
 僕は胸を躍らせる。少し離れたところから拍手を送る。
「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」そう言ったのは、林芙美子さんである。桜を見るたび、この言葉が頭をよぎる。
 桜散る、桜散る、桜散る。
 これから桜の花には、どのような運命が待ち受けているのだろう。
 桜が、心配している僕に言う。
 「どうか悲しまないで、ひとりじゃないし。
 こんなに短い命でも、私たちは幸せ。生まれたことに意味がある」
 さっき開いた花びらが、笑いながら空に舞い上がった。

 人の恨みというのは、なかなか消えない。
 恨まれている人は、恨まれて当然だと思う人と、自分が恨まれるなんて考えてもみなかったという人の二つに分かれるような気がする。
 恨んでいる人の言い分はわかりやすい。相手のせいで傷ついたとか、損をしたとかだろう。恨みを晴らすまで、気持ちは収まらない。
 恨まれている人の言い分は、さまざまだ。その中で、恨まれて当たり前だという人は、何かしら謝罪の気持ちを持っている人がほとんどであろう。
 恨まれるなんて考えもしなかったという人もいる。そんな人が、自分が恨まれていると知ったら、まずは慌てるに違いない。そして、なぜ自分が恨まれなければいけないのか理由を探す。それから逆恨みだと怒るか泣く。
 しばらくして、恨むほどの思いにさせていたなんてと反省する人もいるかも知れないが、多くの人は、自分を恨んでいる人に対し、逆に憎しみを抱くのではないだろうか。
 そうなると今度は、恨まれている人が、自分を恨んでいる人を恨むようになる。結果的に、どちらが加害者で、どちらが被害者なのかわからなくなってしまう。
 感情のぶつかり合いは、根が深い問題だ。
 きっかけは、小さなことだったのかもしれないが、いつの間にか、取り返しのつかないことになり、後戻り出来なくなる。この状態を両方が後悔しているなら、恨んだり、恨まれたりするような事態にはならなかっただろう。
 理不尽だと感じることの方が多いのが、世の常である。

 近所の公園の中にある池の側には、鳩がたくさんいる。本当はいけないことだが、鳩に餌を与えている人がいるせいか、ここの鳩は人間を全然怖がらない。僕が走りながら鳩に駆け寄っても、鳩はのん気に餌をついばんでいる。
 どたばたと動き回る僕のすぐ横で、鳩が餌を食べ続けるなんて、これではどちらが鳩で、どちらが人間だかわからない。鳩を追い回すのはあきらめ、僕はとぼとぼ歩き出した。
 動物が本能を忘れてしまうのは、危険だと思う。
 公園で鳩が人間からいじめられることはないかもしれないが、やはり人間が近づいて来たら、羽ばたいて逃げるくらいの方が安全だ。
 人間から与えられる食べ物は、鳩の体に合っているのだろうか、それも心配である。
 野生動物との共生は、住み分けが重要ではないか。かわいいからといって、すぐに餌を与えたり、触ったりしていては、動物が持つべき本能まで奪ってしまう。人間の浅はかな行動のために、数が増え過ぎると迷惑がられ、挙句の果ては駆除されてしまう、そんな動物も少なくない。動物に責任はない。人間がわがままなだけだ。
 だから僕は、鳩を見ると追い立てる。人間に近づいてはだめだと教えるのが、僕の役目だと思っている。
 それは、自分のお尻を叩くのと同じくらい大変である。

 4月2日は、国連が定めた「世界自閉症啓発デー」である。
 多くの人に自閉症という障害を知ってもらえること、そして自閉症に対する理解が深まることを僕も願っている。
 自閉症の啓発は、だんだん広まっているような気がする。
 僕自身は学校を卒業してから、自分が自閉症だからと意識することは少なくなった。学校時代に比べ、のびのびと暮らせていると思う。小さい頃は、自分の将来におびえ、明日が来るのが苦痛で仕方なかった。大人になるのが怖かったのだ。
 みんなが当たり前に出来ることが出来ない。自閉症の僕が生きていける場所が、この社会にあるとは信じられなかった。そんなことはないと知ってからは、少し気が楽になったような気がする。
 障害のある子どもたちは、周りの大人が考えている以上に、将来に対する不安を抱きながら毎日を過ごしているのではないだろうか。自分が普通の子供と違うことくらい、みんなとっくにわかっているはずだ。
 障害のある子どもに「大きくなったら何になりたい?」という質問をして、答えられる子どもは、どれくらいいるのだろう。なぜなら、僕が子どもだった頃、将来、大人になった自分が、何にならなれるのかが、わからなかったからである。
 障害者がそれぞれの力を発揮し、社会の中で働いている姿を見せることで、障害児やその家族が、どれだけ勇気づけられるだろうと考えることがある。
 障害児の明るい未来を目指すために大事なことは、理想の社会を口にすることだけではない。自分の将来だと思うような大人が、憧れるような生活をしている、その姿を見せることではないだろうか。


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