湾岸に住む4人の主人公たちの交錯するある夏の3日間
小野寺史宜『レジデンス』
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小野寺史宜『レジデンス』
小野寺史宜という作家の、もう一つの道がここにある
評者:北上次郎
何なんだこれは!
小野寺史宜『レジデンス』を読み終えて、ただいま私、混乱している。これが本当に、小野寺史宜の作品なのか。
というのは、塾帰りの中学生が夜道で女性を襲う場面が冒頭早々に出てくるのだ。しかもそれが5回目の襲撃で、財布の中身が7000円であるのを知って今回は負けだと、この中学生、会田望は考える。つまり今回が初めてではなく、慣れているのだ。やがて明らかになることだからここに書いてしまうが、会田望は非行少年というわけではなく、優等生である。
襲撃のあとはいつものように肌が火照る、というのもなんだかリアルだ。しかしこのシーンはまだ終わらない。興奮が醒めやらないまま次の襲撃プランを練っていると、女子高生が声をかけてくる。
「駅のほうまで行かない?」
「行かないことはないけど」
「よかった。じゃあさ、後ろに乗せて」
何なんだこの展開。その女子高生、児島理絵は私立高校の二年生。会田望は中学三年生であるから、彼よりも二つ年上だ。
「そうだ。ねぇ、お礼に何がしてほしい?」
と言う児島理絵に、
「セックスがしたい。セックスさせてくれよ」
と会田望が言うのがこの項のラスト。これが本当に、小野寺史宜の小説なのか。
しかも、これから何が始まるんだろうとページをどんどんめくっていくと、中学生や高校生、フリーターなど、いろいろな若者が次々に出てきて、殴ったり、襲ったり、盗んだり、盗まれたり、セックスしたり、小野寺史宜の小説ではけっして起こらないようなことが次々に始まっていくのである。急いで書いておくが、会田望がそうであるように、出てくるのは普通の若者たちだ。非行少年ではけっしてない。いや、一人歩きの女性を襲って金品を強奪するのだから、とても普通とは言えないか。だから、悪の面を隠している子供たちと言い換えよう。とにかく、小野寺史宜らしくない。口淫シーンまで出てくるから驚く。
本書は、小野寺史宜がデビュー前に小説野性時代新人賞(当時は、野性時代青春文学大賞)に応募した「湾岸宮殿」という作品を全面改稿した作品である。どの程度、直したのかは、候補作として野性時代(2006年9月号)に載った「湾岸宮殿」と比較してみないとわからない。
ただ一つ確実なのは、2006年に「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール讀物新人賞を受賞(乾ルカと同時受賞)し、さらに2008年に『ROCKER』で第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞して(ちなみにこの年の大賞はなし。特別賞が真藤順丈「RANK」と伊吹有喜「夏の終わりのトラヴィアータ」で、候補に、千早茜「魚」があったというから、すごい年だ)単行本デビューした小野寺史宜という作家の、もう一つの道がここにあることだ。もしもこの作品で、小説野性時代新人賞を受賞していたら、小野寺史宜はどこへ向かっていただろう。
私は、小野寺史宜のほぼ全作品を読んでいる。ほぼ、というのは一作くらい読みおとしている作品があるかもしれないからだ。しかし、まあだいたいは読んでいる。そういう小野寺史宜フリークは私だけではないと思うが、それらの同好の士にぜひ本書をすすめたい。
成績優秀でありながらひったくりを繰り返している中学生を始め、湾岸に立つマンション「湊レジデンス」に住む四人の夏の3日間を描く本書は、これが本当に小野寺史宜の作品なのかと驚く小説ではあるけれど、しかしやっぱり小野寺史宜の濃厚な香りが匂い立っている。
そうなのである。描かれていることは小野寺史宜らしくないことばかりだが、たとえばこの長編の作者名を伏せて読んでも、小野寺史宜フリークなら作者名を当てられるのではあるまいか。それがなんとも興味深い。
作品紹介・あらすじ
レジデンス
著者 小野寺 史宜
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年08月26日
湾岸に住む4人の主人公たちの交錯するある夏の3日間。
学校では成績優秀な反面、夜な夜なひったくりを行っている中学生・望。望の小学生の時の同級生で夜は自転車泥棒に暴行を働いている弓矢とその異母兄・充也。就職活動前に事故にあったことで就職できなくなってしまったフリーターの根岸。
ある晩根岸が充也の元彼女を刺殺、時同じくして弓矢は暴行した自転車泥棒から反撃にあう。
弓矢の暴行シーンに居合わせた充也と望はどんな行動に出るのか…。
湾岸に立つマンション「湊」を舞台に錯綜する"衝動"と"本性"を辛辣な視線で描いた群像劇。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000445/
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