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父親として教師として激しく揺らぐ矜持 社会派ミステリであり上質な家族小説だ!——『棘の家』中山七里 レビュー【評者:内田 剛】

家族全員が、容疑者だ。
『棘の家』中山七里

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棘の家』中山七里



父親として教師として激しく揺らぐ矜持 社会派ミステリであり上質な家族小説だ!

評者:内田剛(ブックジャーナリスト)

 なんとも油断ならない物語だ。仕込まれた棘は毒を吐き出し、容赦なく心に突き刺さる。穏やかな日常に潜む闇をこれほどまでに鮮やかに描き出した作品も稀であろう。混沌としたこの世の理不尽、その明暗をくっきりと対比できる小説は数多あれども、本書のように善と悪が入り混じったグレーゾーンをものの見事に炙り出した世界には滅多に出合えない。人は誰もが被害者にも加害者にもなり得る。厄介なのはそれが故意とは限らないことだろう。無意識のうちに悪が生まれ、狂気に育ち、そして無垢な善意をのみこんでしまう。偶然と必然が織りなす物語は走り出したら止まらない。冒頭からラスト一行に至るまでまったく息をつかせない、緻密に構成された本物のエンターテインメントの凄みがここにある。
 現代日本が抱えている病巣を知りたければ迷わずに中山七里作品を読めばよい。これまでの著作であらゆる社会問題に果敢に取り組んでいるが、本作ではイジメを発端とする学校教育の問題にメスを入れる。「学び」の聖域であるはずの学校教育現場における具体的なイジメの実態も再現されて生々しい。イジメが原因とみられる小学六年生の少女の飛び降り自殺未遂。それがもし我が子の身にふりかかったとしたらとても平静ではいられないだろう。そして加害者と思われていた少女の殺害事件。犯人はいったい誰なのか。この上ない愛情は新たな「敵」を見出したときに、狂気に姿を変える。復讐という明確な動機を持つ家族の誰もが容疑者である。被害者が加害者に反転する瞬間から、物語は一筋縄ではいかないミステリアスな展開を迎えるのだ。
教育組織の隠蔽体質、弱いものたちに群がるマスコミ、事件に狂乱するメディア、そしてSNSでネット民たちから丸裸にされる個人情報。派生する炎上案件はまさに現代が生み出した負の連鎖であり、目には見えない悲劇を増幅させている。主人公である正義感の強い中学教師が、学校の先生として、さらに家庭の父親として、一線を越えまいとする際どいところで、己の矜持を貫くために逡巡し続けるさまがあまりにも切実だ。とりわけ中盤から終盤にいたるスリリングな流れはまばたき無用。「どんでん返しの帝王」である著者の真骨頂を存分に味わえる。
 肝となるのはどこにでもいそうな四人の家族の話であることだ。「うちの子にかぎって」はもはや通用しない。読めばまさに他人事ではない現実味を思い知ることだろう。傷つけられた娘を守るために闘う父親、母親、兄たちに感情移入するに違いない。人は誰もがそれぞれに秘密を抱えて生きている。たとえ一つ屋根の下に暮らし、血のつながった者であっても仮面に隠された素顔はうかがい知ることができない。距離が近ければ近いほどその内実は見えにくくなるものだ。
幸せそうにみえる家族はどこまでが幻想でどこからが現実なのだろうか。不穏にみちた砂上の楼閣に幸せは訪れるのであろうか。ぜひとも我が身になぞらえて読んでもらいたい。そして自分がもっとも大切にしなければならない存在について深く見つめなおしてもらいたい。隠されていた本音がありはしないか。何気ない変化を見過ごしてはいないだろうか。本書は問題提起の書となる切れ味鋭い社会派ミステリとしてだけでなく、かけがえのない絆を愛おしむ優れた家族小説でもある。庭に生えている草の棘は身を守る鎧に、毒はきっと生きながらえるための薬にもなるはずだ。根底に流れる人間的な情を心ゆくまで感じとってもらいたい。

作品紹介・あらすじ
『棘の家』中山七里



棘の家
著者 中山 七里
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年05月31日

家族全員が、容疑者だ。
穂刈は、クラスで起こるいじめに目を反らすような、事なかれ主義の中学教師だった。
しかし小6の娘がいじめで飛び降り自殺をはかり、被害者の親になってしまう。
加害児童への復讐を誓う妻。穂刈を責める息子。家庭は崩壊寸前だった。
そんな中、犯人と疑われていた少女の名前が何者かにインターネットに書き込まれてしまう。
追い込まれた穂刈は、教育者としての矜持と、父親としての責任のあいだで揺れ動く……。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322110000645/
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