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(評者:内田剛 / フリーランス書店員)
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決して謎解きの物語ではないが、これはまんまと騙された。しかし騙されてこの清々しい想いはいったい何だろう。本当にいい作品に出合って感謝しかない。
『うちの父が運転をやめません』というタイトルを目にしたらそれはもう昨今話題の免許返納の話に違いない。高齢ドライバーによる交通事故は後を絶たず。大きな社会問題となっている事実は誰もが知るところである。まさにこれは他人事ではない。身近な存在での心当たりも増えてきた。いかに自主的に免許を返納させるか。心を悩ませたり家族会議で説得したりなど苦労は増すばかりだ。なんとかいい方法はないだろうか……よりよい解決法を提示するのがこの作品だ! とだけ思っていた。ところがそんな単純ではなかった。確かに免許返納の話題も触れられるが、それはほんの枝葉に過ぎない。ストーリーの幹となるのはとてつもなく大きな包容力を持った家族再生の物語であった。
垣谷美雨といえば『七十歳死亡法案、可決』(幻冬舎文庫)、『あなたの人生、片づけます』(双葉文庫)など刺激的な切り口でこの国が抱える病巣を暴く社会派として知られていたが、『老後の資金がありません』(中公文庫)で大ブレイク。その後も『夫の墓には入りません』(中公文庫)、『姑の遺品整理は、迷惑です』(双葉社)といった作品を世に送り出し、いまや超高齢化社会における老後問題を書かせたらこの人! といえる存在となった。時代の空気に寄り添い、読者のニーズを的確に捉える感度の極めて高い作家といえよう。
確かにハートフルな家族小説であるが、そこは策士の著者だからもちろん一筋縄ではいかない。カギとなるのは田舎に暮らす老夫婦と都会にいる息子家族。土地と血脈の両面が絶妙に折り重なりながらストーリーは展開していく。
息も詰まるような都会での生活。子育てをしながら精一杯働き続ける妻。長い会社生活で壁にぶつかる夫。ストレスを抱えてまったく余裕のない毎日を過ごす思春期を迎えた高校生の息子も共働きの両親とすれ違い孤独な中で自分の居場所を探し続ける。誰もが優しいはずなのに、それぞれ互いを思いやりたいのに三人のトライアングルはなかなか共鳴をせずに危機的な状況を迎えてしまう。忙しすぎて顔も見られないこの状況はまさに現代のごく普通の家族の姿なのかもしれない。
一方、自然豊かな田舎で暮らす老夫婦も決して満足のいく日常ではない。日に日に衰えゆく身体。足代わりとして生活に不可欠な車の運転にも不安が生じ始める。人の交流がなくなる限界集落。居心地のよかったはずの環境も変化してしまったのだ。
物語が大きく動くのは勤続三十年の休暇を利用して主人公である夫が里帰りしてからだ。「目覚ましのいらない朝」をきっかけに自分自身を見つめ直す。ここからもう名セリフ、名シーンの連続だ。人は何のために働くか? 本当の幸せは何なのか? なぜ生き続けなければならないか? 読みながら人生の真理について思う存分に考えさせられた。それもまったく堅苦しくなくだ。この自然体もまた垣谷文学の魅力なのだろう。
いい物語は読み手である自分にもかえってくる。素晴らしいメッセージがヒシと伝わってくるのだ。読み終えて仕事を楽しむことの大切さに気がついた。守るべき者たちに優しくしなければと思った。人は一人では生きていけないことも。そして人生には決断する勇気が必要だということも……そう、人生は何度でもやり直せるのだ。
『うちの父が運転をやめません』は不器用に生きる僕らのバイブルである。家族で免許の話をする前にぜひ読んでおくべき一冊。運転をやめてもやめなくても人生はこれからも続くのだ。ただ時間を過ごすのではない、よりよく生きるためのヒントがここにある。
▼垣谷美雨『うちの父が運転をやめません』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321811000204/