書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。
(評者:東 えりか / 書評家)
「誰でもいいから人を殺してみたかった」。
ある殺人事件の犯人が漏らした動機を聞いたときに戦慄した。こんな欲望があるのか……。
1999年に起こったアメリカ、コロラド州の「コロンバイン高校銃乱射事件」は学内のいじめに対する報復措置だったと言われているが、この事件が「無差別に人を殺す」ことが「できる」のだ。「してもいいのだ」、という禁断の扉を開いてしまったような気がする。
犯人の身勝手な恨みや思い込みで大量の殺戮が行われる事件が、銃社会であるアメリカのみならず、ヨーロッパでも、そして日本でも行われるようになってしまった。「秋葉原通り魔事件」や「相模原障害者施設殺傷事件」など記憶に深く刻まれている。
インターネットの闇サイトで仲間を募って行った殺人事件もおぞましい。完全に匿名で集まって人を殺した「名古屋闇サイト殺人事件」。作家、大崎善生によって著された『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』(角川文庫)は涙なくしては読めないノンフィクションである。
『スワン』の冒頭、ハイエースに乗っている男三人の様子が描かれる。インターネットで知り合った「ヴァン」「サント」「ガス」と呼び合う男たちが向かう先は湖名川シティガーデン・スワン。埼玉県の東部、さいたま市に隣接する、新宿まで車でおよそ1時間、池袋はもう少し近い典型的なベッドタウンにある敷地面積が国内最大級のショッピングモールである。「スワン」と名付けられている通り、ここはチャイコフスキー「白鳥の湖」になぞらえて建設された施設だ。噴水やホールなどバレエの登場人物などになぞらえた名前が付けられている。
休日のショッピングモールは混んでいた。湖名川市民の生活の中心であるこの場所は、映画館やゲームセンターもある憩いの場所だ。友人に呼び出された片岡いずみ、休日はここのレストランで必ず食事をとる吉村菊乃、デートの待ち合わせをする亀梨洋介、などなど「スワン」でおもいおもいの場所にいた。
午前11時。足手まといのサントをあらかじめ始末したヴァン、ガスのふたりによって「スワン」は殺戮の場所となる。3Dプリンタで作られた、殺傷能力はあるが2発しか発射できない模造拳銃を大量に持ち、彼らは次々と人を殺していく。正午過ぎ、彼らの自殺によって事件は終わりを迎えた。
死者21名、重軽傷者17名。犯人グループの中心人物はヴァンと呼ばれる丹羽佑月26歳。ガスは大竹安和37歳で「スワン」の元警備員であった。
半年後、この事件で生き残った5名が弁護士の徳下宗平に呼び出されることからこの物語の本筋は始まる。徳下はコナガワ物流の社長、吉村秀樹の命を受け、この無差別銃撃事件で殺された秀樹の母、吉村菊乃の死亡状況を調べていた。
最上階のスカイラウンジにいたはずの菊乃はなぜ1階のエレベーター乗り場に、それも乗り込もうとして殺されたのか。犯人たちは自らの視点で動画を撮影しており、スワンの中にも数多くの防犯カメラがあった。だが死角があり菊乃の行動の理由がわからない。それを調べることが目的だという。5名は以下の通り。
片岡いずみ16歳。高校生で、バレエに打ち込んでいるダンサーでもあった。ヴァンが自殺するまで人質として捕えられていたスカイラウンジの生き残り。
波多野は31歳。短髪で茶髪の会社員。
保坂伸継は眼付きの鋭い白髪の男性。
生田と名乗るふくよかな中年女性。
力道山のように強そうだと「道山」とあだ名をつけられたスタジアムジャンパーの男性。
徳下は彼らがなぜスワンにいたのか、犯行時間にどこでどのように行動したのか、加害者との距離や逃げた方向を聞き出し、彼だけが知る映像と照らし合わせて状況を判断していく。そこに浮かび上がった特別な事情は何だったのか。
緊迫したやり取りが続き、息を止めて読み進める。呉勝浩の小説はいつも音が響く。ドン、ドン、カン。ドン、ドン。ゴン、ゴン、ゴウン、ゴウン、ゴウン。
なんどかそっと肩の力を抜き、本館略図を見ながら彼らの行動を追っていく。小さな秘密を解き明かし、それぞれの真実が繋がった瞬間、私は大きく息を吐き安堵した。
「生きろ」と思う。年齢も事情も関係ない。命を長らえた者は生き続けなければならない。
読み終えて本を閉じ目をつぶると、片岡いずみが「白鳥の湖」を踊る姿が見える気がした。
ご購入はこちら▶呉勝浩『スワン』| KADOKAWA
試し読み▷無差別銃撃事件の最中に少女が見た光景とは――。 2019年最大の問題作。呉勝浩「スワン」