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レビュー

やっぱりいいよね、山際淳司。

 この書評の読者は、22年前に46歳の若さで亡くなった、山際淳司という書き手のことをご存じだろうか?
 本書は、彼が残した作品の中から、1980年のNumber創刊号に掲載され話題となった「江夏の21球」や、処女短編集の表題作となった「スローカーブを、もう一球」など、全12編を収録した、まさに「ベスト盤」的な一冊となっている。
 山際淳司といえば、79年の日本シリーズ最終戦、9回裏の緊迫する場面を描いた前掲「江夏の21球」が最も知られる。ゲームセットまでの一挙手一投足を追うこの物語では、そこに交錯する当事者たちの思惑や、真剣勝負の中で生み出される空気の揺らぎが、絶妙な繊細さとスピード感で描き出されていく。ブレイクのきっかけとなった初期の作品でありながら、代表作と言われつづけるのも頷ける快作である。
 この作品の特徴のひとつは、様々なアングルから撮られた映像をつなげて作られたような、映画的な物語の構成にある。たとえば読者は、ガランとしたロッカー・ルームで静かに準備をするリリーフエースの姿を見せられる。

時折り、ドッと歓声がロッカー・ルームにも聞こえてくる。誰かがヒットを打ったか、三振でもしたのだろう。その歓声が聞こえるたびに、江夏は筋肉を緊張させる。そして、自分の出番が一秒一秒近づいてくるのを、肌で感じとっていく。

7回、江夏がマウンドに登るとき、空からは小雨である。腰の左ポケットにロージン・バッグを入れた。既に照明灯のスイッチが入っている。

 山際淳司が江夏豊に会って取材をしたのは試合の翌年になってからなので、試合当日のロッカー・ルームにいて「筋肉を緊張させる」江夏を観察していたわけではない。
 つまり、こうしたディテールは、調べて分かる事実や、聞き出せた話をもとに切り出されたものだ。
 雨に濡れながらナイター照明の光に照らされるピッチャー・江夏の姿は、実際にあった光景であると同時に、読者の心に「情景」を届けるために選ばれた、ドラマのワンシーンでもある。
 日本シリーズ大詰め、最終回というドラマチックな題材が目を引くが、核にあるのは、葛藤を抱えながら勝負を続けていかざるを得ない人間の孤独と束の間の勝利を描いた普遍的な物語だ。
 その他にも「異邦人たちの天覧試合」といった中編の佳作や「負け犬」のような小気味よい掌編まで、傑作選と呼ぶに相応しい作品が並ぶ。登場人物の「生」が印象的に切り取られた作品群からは、ともすれば見過ごされてしまうような場面や人を題材としてすくい上げる嗅覚と観察対象を見つめる目線の解像度の高さが随所に感じられる。
 ……と、ここまではなるべく冷静に論じてきたつもりだが、なにを隠そう、この文章を書いている評者は作者の一人息子だ。父親が亡くなった当時11歳だった僕も、いまやいい大人だ。
 もっと言えば、僕はリアルタイムに山際淳司を読んだ世代ではない。著書をちゃんと読んだのは、亡くなったあとのことで、読み始めたら面白くて、ある時期、貪るように読んだのを憶えている。
 でも、山際淳司の作品をいいと思いながら、それが「正当」な評価なのか、早世した父親を英雄視したい欲求なのか、自分では分からないままだった。
 この本の発売は、そうした思いを共有できる「隠れ山際淳司ファン」達との出会いをもたらしてくれている。新書での再発売も、ここ数年でたまたま山際淳司を知った、僕よりも若い編集者の発案と尽力で実現したものだ。
 人は二度死ぬ。一度目は息絶えた時。二度目は人々の記憶から消えた時。
 だからこの場を借りて、僕は声を大にして言いたい。いい本なんです、いい書き手なんです、と。それを心から言わせてくれる、忘れられてしまうには本当に惜しい書き手だと思う。
 そして、これを機に山際淳司を思い出された方がいれば、ぜひとも再読し、再発見していただきたい。「山際淳司って、やっぱりいいよね」と。


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