現実世界と並行して存在するパラレルワールド。ある時点から枝分かれし「こちら側」の世界とは違う未来を歩み始める「向こう側」の世界。交わるはずのない「こちら側」と「向こう側」が繋がるとき、二つの世界は滅亡へ向けてのカウントダウンを始める。
「設定の見事さとそれを上回る大興奮の展開。物語も才能も凄まじい。」と山田宗樹氏がコメントを寄せているが、本作はその山田氏の『代体』や『百年法』を彷彿とさせるSF+人間ドラマの傑作だ。
製薬会社の研究員として働く早川透と親友の北岡、そして北岡の恋人である可奈恵。3人を中心にした物語と、アメリカ・ネバダ州の基地で秘密裡に進められる実験。一見なんの関わりもない二つの物語が徐々に絡み合い、人類の存亡に関わる恐るべき計画がその全貌をあらわし始める。
アメリカ国家安全保障局やCIAなどが登場する国家レベルの緊急事態を描きながら、あくまで物語の中心は透と北岡、可奈恵の二つの世界を股にかけた三角(四角?)関係や、透の葛藤、自分自身との文字通りの対峙であるところが興味深く、一体どんな展開をみせるのか、知らず知らず引き込まれてしまう。嫉妬、悔悟、憎悪、絶望……人間である以上、否定しきれない感情に翻弄されるように誰かを傷つけ、また自らも傷を負う彼らの行動は、人間の狡さや身勝手さを感じさせながらも、ある種の共感を呼ぶ。
そんな彼らとともに、脇を固める登場人物たちも魅力的で物語に深みを与えている。個人的には透たちを追うCIA長官ブレンナーと、その部下ケイトの小粋な会話がツボで、ハラハラドキドキの展開にちょっとした潤いを与えてくれている。
「人は一つの可能性を選択する度、別の可能性を生きるはずだった自分を殺している。」
物語終盤、衝撃的な告白を透に突きつけるもう一人の透が語った言葉。それは人が生きていく上で捨ててきたもの、これから捨てるであろうものの上に成立している唯一無二の、人生の奇跡とも呼べる有難さを訴えかけてくる。「向こう側」の北岡の覚悟も、可奈恵の決意も、ブレンナーやケイトが選んだ道も、そして透が選ぶであろう未来も、全ての可能性の中から自分自身が選んだ未来なのだ。
登場人物の誰に共感できるのか、共感してしまうのか、自分自身を見つめ直しながら、人類の命運をかけた壮大な物語が楽しめる本作。300ページ弱という適度なボリューム、リーダビリティも抜群の本作は、万人におすすめできるSFパニックサスペンスだ。
貴志祐介氏に絶賛されたという第18回日本ホラー小説大賞最終候補作でデビューしてから、なんと6年ぶりの2作目となる本作。現在タクシー運転手という筆者が温めている次回作は、一体どんなスケールの作品になるのだろう。期待は高まるが、また6年も待たされるのは少々つらい。もし筆者のタクシーを利用する機会があればぜひお願いしてみたいと思う。「運転手さん、ちょっと急いでくれる?」と。
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