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巨匠4度目の改稿にして決定版!生きるために権力闘争を続ける者たちの悲哀を克明に描き出した『火の鳥7』

 

『COM』版と『マンガ少年』版

「乱世編」は、朝日ソノラマの月刊誌『マンガ少年』で、1978年4月号から80年7月号まで連載された。80年3月3日から21日には、NHKラジオ第1放送でドラマ版も放送されている。
 本文庫第6巻に収録された「望郷編」と同様、元々は虫プロ商事の月刊誌『COM』で73年8月号から連載スタートしたものだった。しかし、直後に虫プロ商事が倒産し、『COM』も休刊。連載は第1回のみで中断してしまった。虫プロ商事はこの時期には内部のゴタゴタが続いており、『COM』も青年向けの『COMコミックス』、さらにお色気路線を進めた『Comコミック』を経て、ようやく復刊にこぎつけたばかりで、手塚も『火の鳥』再開に意欲を燃やしていただけにファンをがっかりさせた。
 『マンガ少年』版は、やはり「望郷編」と同じく新たな構想で描き直され、一部に『COM』版の原稿が再利用された。なお、『COM』版は連載第2回分の未完成原稿とともに、本文庫14巻に収録予定だ。
 『COM』版『マンガ少年』版ともに、平安時代末期の源氏と平家の戦いと武家政権の誕生を描いた古典『平家物語』がベースになっているが、登場人物やストーリーには大きな変化がある。
 『COM』版の主人公は山猟師のまきじ。ヒロインのおぶうはまきじの妹という設定だった。しかし、『マンガ少年』では、主人公の名は弁太(べんた)に改められ、三枚目の要素が加えられた。これは発表場所が少年誌だったことも影響しているのだろう。おぶうも弁太の恋人に改められた。
 さらに大きく変わったのは赤兵衛(あかべえ)白兵衛(しろべえ)のエピソードだ。
 『マンガ少年』版に赤兵衛の名で登場する猿は、『COM』版では、ボスの座を追われ瀕死の状態でいるところをまきじが拾って家に連れ帰り赤坊主(あかぼうず)と名づける。白兵衛の名で登場する犬は、やはり子犬をまきじが拾って来て白丸(しろまる)と名づけ、二匹はまきじに飼われていたのだ。
 つまり、『COM』版では平清盛と源義経の物語と赤坊主と白丸の物語は同時に進む。人間界での権力争いと、動物たちの権力戦いは同時並行的に描かれて、動物たちの運命が人間たちの運命を暗示する、という構成だったと推測できる。このように、動物たちの群れに起きた出来事から、人間たちの運命を象徴的に描く手法は、『カムイ伝』の作者・白土三平(しらとさんぺい)が好んで使っていたもので、手塚の白土に対する対抗意識が現れたものともとれる。

単行本化での再編集歴

『マンガ少年』の連載では、「鳳凰編」の主人公の一人・我王(がおう)が、源義経に武術を教える鞍馬山(くらまやま)のテングとして再登場して、赤兵衛と白兵衛のエピソードはテング=我王の40年前の回想として語られていた。この部分の原稿には『COM』版の原稿の再利用が見られる。
 回想は赤兵衛が清盛と、白兵衛が義経とつながることを暗示しており、『火の鳥』の重要なテーマである輪廻転生の要素が強調されている。「鳳凰編」は8世紀半ば奈良時代が舞台で、12世紀後半の平安末期は400年以上のちの時代。我王がこの年数を生きたのは、火の鳥となんらかの関わりがあったと考えられ、彼が赤兵衛と白兵衛に出会い、再び鞍馬山のテングとして義経に出会うことは、単なる狂言回し役としてだけではなく、火の鳥の一部分または化身としてこの事件全体に関わっていることを意味している。
 ところが、手塚はこの新しい設定にも不満があったようだ。
 朝日ソノラマから『別冊マンガ少年』として単行本化されたときにはこの部分をクライマックス部分に移し、死後、火の鳥の力で40年の時間をさかのぼって義経が転生したのが白兵衛、清盛が転生したのが赤兵衛という設定に改められた。これは、講談社の『手塚治虫漫画全集』も含めて同じで、「乱世編」の定本のような形になっていた。
 その定本にさらなる推敲を加えたものが角川書店から出された単行本『火の鳥』と本文庫である。お読みいただいたように白兵衛と赤兵衛のエピソードはクライマックスから冒頭に移されて、火の鳥の登場部分もカットされているのだ。
 これには、連載時の設定に近づけながら作品としてのテーマを深める意味があった。「種族がある限りその種族の生きる道は権力の座を争うほかないのか」というテーマが鮮明になったのだ。
 それにしても、『COM』版を第1稿、『マンガ少年』連載版を第2稿とカウントすれば、この文庫版は4度目の改稿と呼んでいいだろう。繰り返し修正を加えた執念には驚くしかない。なお、ソノラマ版は朝日新聞出版から刊行中なので読み比べることをおすすめする。

>>手塚治虫『火の鳥7 乱世編(上)』


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