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レビュー

すべてを喪失しても、それでも生きていく希望の物語 『手をつないだまま さくらんぼの館で』

 自分以外の人はみんな、才能があって充実した人生を送っているように見えてしまう。ひがみだとわかっていても、自分だけ何もない、という劣等感から抜け出せない。そんな人は少なくないのではないだろうか。それでも生きていけるのは、そのままの自分でいいと受け入れてくれる人たちに出会えるからだ。だが、ようやく見つけた居場所が失われてしまったら、きっとぬくもりを知る前の孤独よりもさらに耐えがたい。その喪失を恐れ、他人と深く関わってこなかった、というのが小説『手をつないだまま さくらんぼの館で』の主人公・颯太(さった)だ。
 大学生ながら作家デビューした颯太は、執筆に専念するため一年間という期限つきで休学中。遠縁のおばあさんに依頼され、白桜館(はくおうかん)と呼ばれる大きな屋敷の管理人として暮らしている。そこへ押しかけてくるのが、おばあさんの孫である十歳のりりなだ。わがままで気分屋だけど、大人の顔色を自然とうかがってしまう彼女にかすかな陰を感じながら、颯太は賑やかな共同生活を営んでいく。
 令丈(れいじょう)ヒロ子の代表作といえば累計三百万部突破の児童書「若おかみは小学生!」シリーズ。同作は、両親を事故で失った少女が旅館を営む祖母にひきとられ、不思議な幽霊との出会いをきっかけに、若おかみとして奮闘しながら居場所を確立していく物語。自分には何もないと思うなら、日々の暮らしでできることを丁寧に一つずつ積み重ねていくしかない。その結果がやがて、自分を信じることにも、誰かに信じてもらえることにもつながっていく。そんな不器用な成長を著者はさまざまな形で描いてきた。
 本作でもその姿勢は変わらない。りりなと出会うまでの颯太は、自分にばかり目が向いていた。りりなとの共同生活も、最初は自分のペースを乱される煩わしさのほうが大きかったはずだ。だがシングル・ファーザーのように(なかば強制的に)世話をさせられるうち、誰かのために生きることの悦びを知っていく。りりなのために生活を整え、食事をつくることで颯太の心は穏やかに満ちる。キャベツたっぷりカツサンド。コンソメとトマトピューレのスープ。フルーツヨーグルトのサラダ。読むだけで胃袋を刺激されてしまう食の描写は、二人の幸せを象徴しているようにも思える。
 だが、物語は突如として反転する。りりなの提案で雨のなか花見に出かけた颯太は、何者かに背中を押されて崖から転落してしまう。目が覚めたときにりりなの姿はどこにもなく、颯太は自分が何より恐れていた〝喪失〟を味わうこととなる。
 この反転が、見事である。穏やかな成長小説と思わされていたのが、一転してミステリーの様相を帯びる。颯太とりりなの絆を育むために一役買っていた些細な描写やセリフがすべて、後半の謎解きへの伏線に変わるのだ。
 颯太が忘れていただけで、そもそもりりなに出会う前に彼はすでに喪失を味わっていた。誰より憧れた大切な人。何も持たない自分をまるごと受け入れ、さくらんぼの対のようにいつもそばにいてくれた女性。おぼろげな記憶を紐解きながらりりなの正体を追ううちに、颯太は喪失の原因が、外ならぬ自分自身にあったと思い至る。
〈悪い人、意地悪な人をみんな桜にかえちゃうの〉〈きれいな花を咲かせたらそれが改心した証拠なの。そしたら許してあげる〉と、別れの直前、りりなは言った。颯太がりりなと住んでいるあいだ、白桜館の桜は咲かなかった。それはりりなが颯太を許していなかったからではないだろうか。颯太が喪失の原因であることに、ではなく、彼が未来を選択しようとしていなかったことに、だ。何も持たなくても、まるごと受け入れてくれる人が消え去っても、それでも生きていてほしいから、りりなは颯太を屋敷から追い出した。彼女の願いを託し、絶望の果てに見せた景色は、きっと颯太の生きるよすがとなるだろう。そして颯太の踏み出す不器用な一歩は、我々読者にとっても希望の光となるに違いない。


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